ユニクロ1万6000人正社員化の先にあるものとは?

ユニクロ」を展開するファーストリテイリング(以下、ファストリ)のパート・アルバイト約1万6000人の正社員登用など、小売・飲食業を中心に非正規の正社員化の動きが広がっている。

その目的は、景気回復による人手不足の解消と、中・長期的な人材の確保にある。

少子化による若年世代の減少という構造的問題に加え、専業主婦家庭の減少で主婦パートの獲得も難しくなる。ファストリの柳井正会長兼社長も「少子高齢化により人材が枯渇していく。時給1000円で人が集まる時代は終わりを告げた」と記者会見で語っている。正社員化は背に腹を変えられない事情がある。

しかし、正社員にするとボーナスも支給しなければいけないし、人件費の大幅アップは避けられない。仮に時給1000円のバイトを法定労働時間(月間160時間)で雇えば年間200万円以下の支払いですむが、正社員は定期昇給とボーナス加算で年齢とともになだらかに給与が上昇し、55歳前後に年収は800万円に達する(全国消費実態調査、勤労者世帯)。そうなれば人件費が経営を圧迫することになりかねない。

そこで正社員化を打ち出した企業の多くが導入したのが、転居を伴う転勤がない勤務地限定の「地域限定正社員」という雇用形態だ。転勤がなくなるので仕事と子育ての両立を実現し、ワークライフバランスの観点から世間の評価も好意的だ。

が、果たして手放しで喜べる仕組みなのだろうか。問題は給与がどうなるかである。

たとえばファストリは、「地域限定正社員」を新たに「R(リージョナル)社員」と位置づけ、国内転勤型の「N(ナショナル)社員」とは別の賃金体系を設ける。R社員は月給制となり、賞与も支給される。年収ベースでは従来に比べて総じて10%以上あがるが、転勤のあるN社員よりは低くなる。

柳井会長兼社長は「いずれは販売員でも300〜400万円の年収を提供し、長期間働けるようにする」と記者会見で述べている。年収300〜400万円は非正社員よりも高いが、N社員に登用されなければ生涯にわたってこの年収が固定化される恐れもある。

■日本郵政では正社員になっても55歳で最高450万円

そのことを端的に示すのが、日本郵政グループの「地域限定正社員」(新一般職)制度だ。

今年4月までに4700人が新一般職に転換している。また、2015年度からは正社員の雇用区分を「地域基幹職」と「新一般職」に分けて新卒採用を実施する。従業員20万人超の同社の非正社員比率は60%を超えるが、将来的には50%にする方針だ。

地域限定の新一般職とは、転居を伴う転勤や役職登用もない標準的な業務を行う社員だ。これに対して、地域基幹職は将来の管理職候補の幹部社員という位置づけだ。もちろん給与も違う。

新一般職の月間基本給は「役割基本給」と「役割等級」で構成されるが、役割等級の金額は、役職登用がないことから平社員の水準である3万9000円のまま据え置かれる。高卒初任給の役割基本給は10万6800円。月給の合計は14万5800円。

役割基本給は毎年上がり、これにボーナス(4.3カ月)が加算される。非正社員時代に比べて毎年給与が上がる楽しみはあるが、それでも「年収は55歳時点で最高で450万円、平均で300万円程度にしかならない」(同社労働組合)というのが現実だ。

ファストリの年収400万円、日本郵政の最高450万円という水準は、現在の正社員の30代前半の平均年収だ。つまり、地域限定社員は正社員であっても、いくら年齢を重ねても正社員(55歳年収800万円)の半分程度に据え置かれることを意味する。

■政府も経団連も、非正規、R正社員、N正社員、G正社員の4階層化を後押し

ところで非正社員正社員化の流れは、いみじくも政府サイドの2つの動きと呼応している。

1つは、昨年4月に施行された勤続5年を超えた有期契約労働者の無期転換権を認めた改正労働契約法。つまり、昨年4月を起点に非正社員として5年後の2018年まで勤務すれば、正社員にしなければいけないというものだ。

正社員にとっては朗報だが、条文には「労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件とする」(18条)とある。つまり、正社員にしても給与は非正社員のままでもかまわないという規定だ。じつは、この規定は従来の正社員と処遇が異なる"新たな正社員"の誕生を許容していると読めるが、まさに限定正社員の存在を法的に後押しするものといえなくもない。

そしてもう一つは、安倍政権が成長戦略の一つに掲げる「多様な正社員」、つまり限定正社員の普及・拡大だ。その狙いは前述したワークライフバランスの推進以外に、解雇しやすくなるという点にある。その理屈はこうだ。

一般的に正社員の解雇は厳しいと言われる。なぜなら解雇する場合は4つの要件([1]人員削減の必要性、[2]解雇回避努力、[3]人選の合理性、[4]手続きの相当性)をクリアしなくてはならないからだ。

だが、地域限定正社員の場合は、たとえば雇用される時に「勤務地の事業所が消失した場合は解雇されても文句はいいません」と明記した労働契約を結ぶことになる。正社員は勤務地の事業所が閉鎖された場合、会社は別の事業所に配置転換する努力をしなければならないが、勤務地限定正社員は[2]の解雇回避努力の必要性がなくなることになる。つまり、勤務地がある限りは雇用が保障されるが、なくなれば解雇のリスクが高まることになる。

現在、政府はこの点も含めて検討している最中であるが、焦点の一つは法的拘束力のないガイドラインに留めるのか、あるいは限定正社員の解雇ルールを立法化するのかという点だ。政府の産業競争力会議の一部や経団連はガイドライン以上の解雇しやすくできる法的効力のある仕組みの整備を求めている。

もしそうなれば限定“正社員”の魅力の一つである雇用保障さえも失うことになりかねない。そして、今の正社員も安閑としておられない。もちろん、本人の同意が前提となるが、人事評価の善し悪しによって正社員から限定正社員の身分に落とされる可能性もあるのだ。

おそらくこのまま進めば、雇用保障が薄く、かつ年収も正社員の半分程度の「地域限定正社員」が日本に多数誕生することになる。ファストリは地域限定正社員と国内転勤型のナショナル社員以外にグローバルに異動する「G(グローバル)社員」制度を導入する予定だ。

じつは同社に限らず、グローバル企業の多くは世界の拠点を幹部職として異動する一部の社員に限定した給与制度の構築を進めている。当然、グローバル社員の給与は一般の正社員よりはるかに高い水準を設定している。

日本の雇用形態は現在、非正社員正社員という2層構造である。だが、今後、非正社員、地域限定正社員、ナショナル社員、グローバル社員という所得が異なる4段階のカースト的階層に分離していくだろう。

(溝上憲文=文)