藤田晋氏

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--サイバーエージェントにとって、ライブドアのイメージは、その前身のオン・ザ・エッヂの印象が強いのではないかと思いますが。

藤田 そうですね。会社をつくって上場する、98年から2000年までは、われわれは技術力がなかったので、その部分をオン・ザ・エッヂさんに協力してもらい、逆に、彼らは営業やマーケティングが苦手だったので、そこはわれわれが役割を担うといった形で、二人三脚でやってきました。ただ、お互いに上場したあとは、資金力がついてきたので、それぞれ自分たちでやっていこうと、そこからは両社とも別々に歩き始めました。
 ただ、一緒にやっていたときは、揉めたら終わりという緊張感が常にありましたね。お互いに収益の柱はクリック課金型広告配信システム「CyberClick!(サイバークリック)」とメールマガジン配信システム「melma!」という事業しかありませんでしたから。実際には仲違いしそうな場面が多々ありましたが、経営者同士がコミュニケーションをとって関係性を維持していたという状況でした。もともと、別の会社で同じ事業をやるというのは難しいことも多いですし、何よりも会社のカルチャーがまったく違っていましたから。

--上場後、エッジからライブドアに名前を変更したときは、どのような印象をもたれましたか?

藤田 当時のネット業界は、ヤフーが圧倒的な存在感でしたから、あれだけの高利益率なビジネスができればと思っていたんです。でも仮に同じくらい技術力があって、同じようなものが作れたとしても、ブランド力、知名度で勝つことはできない。それを堀江さんは過去に無料プロバイダとして、CMをバンバン流していたライブドアを買収することで、ブランド力や知名度を買ったんでしょうね。それがヤフーと同じような商売をするうえで近道だったと思ったのだろう、そう見ていました。

--ライブドアの一連の出来事を藤田さんは、どのように受け止めていますか?

藤田 教科書に出るような事件だったと思います。事件の全容が一般の人にはわかりづらいものでしたし。ただ、すごく頑張っていた起業家が、あのような形で逮捕されるというのは、社会全体の起業意欲をかなり萎縮させましたよね。
 逮捕時の堀江さんの姿をテレビで見て、責任とプレッシャーを背負って働いていた人の末路がこれなのか、と当時は事件の中身がよくわからなかっただけに、ただ唖然としましたね。
 世の中的にも、大口を叩いてしまうと、是か非かでいえばよくない結果になるんだというイメージを植えつけてしまったと思います。結果的に若者も萎縮させたのではないでしょうか。

--当時サイバーエージェント社内のトイレには「ライブドア事件を忘れるな」という文言が張ってあるらしい、と。

藤田 そうですね。弊社のミッションステートメントの中で、コンプライアンス意識を強く意識させるためにこの文言を入れました。この一文を付け加えたことで、同じネット業界の事件ということもあり社員も強く意識したのではないでしょうか。
 当時ネット業界は法整備も進んでおらず、またどこまでが法に触れるのかの判断も難しい。だから強いコンプライアンス意識を持たないと、簡単に一線を踏み越えかねない、という危機意識がありました。
 正直、堀江さんが逮捕されたというニュースを見たときは、何をやって逮捕されたのかわからず、報道によって少しずつ全容が明らかになってきました。この一線を越えるとはアウトなんだという線引きは、最後は社員一人ひとりのモラル意識しかないですからね。

・続きはlivedoor 10周年記念スペシャルインタビュー「きっかけはlivedoor 2009」