無敵艦隊「スペイン」を“ゼロ封”…アフリカの小国「カーボベルデ」“40歳の守護神”の奮闘に世界が震えた日
W杯5日目、初出場のカーボベルデが「快挙」を成し遂げた。欧州王者で今大会の優勝候補スペインの攻撃を敢然と守り切り、0対0の引き分け。勝ち点1を奪ったのだ。
カーボベルデは、アフリカ大陸の北西沖にある島国。人口わずか52万5000人。面積は滋賀県くらいの広さの小国。大方の印象でいえば、無敵艦隊スペインのゴール・ラッシュが演じられ、点差の開く一方的な試合展開が予想されていた。そして、「参加国を48に拡大したために起こった無意味な試合」とでも形容される懸念を抱くファンも多かった。
ところが、事実は小説より奇なり。思いがけない奇跡のドラマが、世界中を感動させることになった。かく言う私も、深夜にこの試合をテレビ観戦し、思いがけない衝撃に打たれた。【小林信也(作家・スポーツライター)】
【写真】フォロワー数が一気に1400万人に…カーボベルデの名キーパー・ヴォジーニャの姿
ヴォジーニャ神話
ボール支配率はスペインが65%、カーボベルデが25%(中立が10%)。圧倒的にスペインがボールを保持し、終始攻撃し続けていた印象が残っている。ところが、攻めても攻めても、スペインの攻撃はカーボベルデの堅い守りに封じられ、ゴールネットを揺らすことができなかった。

何と言っても目立ったのは、GKヴォジーニャのスーパーセーブの連発だ。前半39分、ついにスペインのFWオヤルサバルのヘディングシュートが決まったかに見えた次の瞬間、GKヴォジーニャがバク転するかのような角度で飛び上がり、懸命に伸ばした指先でこのシュートをバーの上方に弾き出した。ヴォジーニャの指が届いていなければ、間違いなくゴールネットを揺らしていた決定的なヘディングシュートが幻となった。
この時の、バネ仕掛けの人形のような軽快なジャンプの残像がいまも脳裏に焼き付いている。若い、すごいジャンプ力だ! と感嘆し、情報を確認してヴォジーニャが40歳と知らされてもう一度驚かされた。今度は半ば声を失った。40歳のベテランにしてこの反応、この動き。その一瞬の出来事だけで、私はきっとヴォジーニャを忘れないだろう。こうした伝説の誕生こそが、W杯の醍醐味のひとつに違いないと実感した瞬間でもあった。そしてもちろん、この衝撃は私のものだけでなく、世界がヴォジーニャに感嘆した。
さらにアディショナルタイムにもスペインのDFラポルトのヘディングシュートを横っ飛びで防ぎ、彼はこの一戦を〈ヴォジーニャ神話〉の舞台になることを決定づけた。
後の報道によれば、試合前には5万人程度だったインスタグラムのフォロワーが数日で約1400万人に増えたという。それほどの驚きと感動をヴォジーニャは与えたのだ。
組織力を見せたアフリカ勢
もちろん、ヴォジーニャひとりの快挙ではない。世界のサッカーに詳しいスポーツライターの大塚一樹氏はこう解説してくれた。
「カーボベルデの守備は組織的で、これはブビスタ監督が構築した現代的な『ブロックで守る組織的な守備戦術』が浸透している証拠でもあると思います。
一方で、しっかりしたブロックを構築した相手に、スペインがパス回しだけして攻めあぐねるという形は、過去にも見られた光景でもあります。前回大会では日本も粘り強い守備から数少ないチャンスをものにして、スペインに勝っています。
スペイン側から見れば、メッシの後継者の呼び声高いFC バルセロナの若きスター、ラミン・ヤマルと、ヤマルとは逆の左サイドからゴールに迫るニコ・ウィリアムスの両翼が負傷でスタメンを外れていたため、最後の崩しやシュートを担う人材が不足していたことも引き分けの要因と言えるでしょう。
結局、試合終盤にはこの二人が投入されますが、カーボベルデのゴールを揺らすことはありませんでした。スペイン事情を差し引いても、カーボベルデにとって素晴らしい試合だったのは間違いありません。『組織的なアフリカン』というのも特徴的で新しい」
身体能力で語られることの多かったアフリカ勢が、組織力を見せつけた意味でも新たな伝説を創ったとも言えるだろう。とはいえ、ヴォジーニャがこの快挙の象徴であることに誰も異論をはさまないだろう。
結果的に7つのファインセーブを決め、無敵艦隊にゴールを許さなかったヴォジーニャは、試合終了のホイッスルが鳴った後、チームメイトに肩を抱かれ、静かに涙を流した。テレビ画面に映し出されたその表情もまた世界に感銘を与えた。その涙の理由を、マン・オブ・ザ・マッチに輝いた試合後、英メディア『The Athletic』にヴォジーニャはこう語っている。
「試合後に涙が出たのは、子どもの頃、祖父母に育てられたから。彼らはこの場に立ち会うことができなかった。数年前に他界してしまったからだ。母もビザの問題と、その費用の都合でここに来ることができなかった。時間内に手続きを済ませることができなかったんだ」
小さなおばあちゃん
実は〈ヴォジーニャ〉はニックネーム、ポルトガル語で「小さなおばあちゃん」を意味する。幼少期、両親が生計を立てるために忙しく、祖父母と暮らしていたことに由来する。カーボベルデのサン・ヴィンセント島ミンデロ市で生まれたヴォジーニャは、ポルトガルやキプロスなど、主に欧州リーグでプレーしてきた。彼はこうも語っている。
「人生で努力するのは、こういう瞬間を迎えるためだ。私は今40歳だが、25歳になるまでプロではなかった。これはこれまでの道のりに対するご褒美だと思っている」
そして、「18歳のヴォジーニャに、自分を本当に誇りに思ってほしいと伝えたい。彼は本当に努力してきた。正直なところ、子どもの頃にこんなことは夢にも思わなかったが、この試合を終えて、過去の自分に『すべてが報われた』と伝えられる」
実はヴォジーニャは、派手なタイプのGKではないようだ。ネットでこれまでの彼の評価を検索すると、「ヴォジーニャの持ち味はポジショニングと判断力の高さにある。無理に飛び込まず、シュートコースを限定することで対応するスタイルで、失点リスクを最小限に抑えるタイプのGKだ」。だからこそ、スペイン戦でも試合を通じて大きく崩れる場面はなかった、と。
またFIFAの公式サイトには、ヴォジーニャ自身がFIFAに対して、「サッカー界で自分は『ヴォジーニャ』で知られている。でも、名前の由来となったホルヘ・バルダーノとジョジマールに触れておきたい」と話したと伝えている。
ヴォジーニャの本名は、ジョジマール・ジョゼ・エヴォラ・ディアス。1986年に生まれた時、サッカー好きの父親は同年のW杯メキシコ大会で4得点を挙げ、優勝に貢献したアルゼンチン代表バルダーノの名を付けようとした。ところが戸籍係に「外国の名前は認めない」と却下された。それで次に選んだのが、北アイルランド戦とポーランド戦で素晴らしいゴールを決めたポルトガル圏ブラジル代表のジョジマールだった。生まれながらにサッカーのレジェンドの栄光を受け継いだヴォジーニャが、40歳になって自ら伝説になった。感慨深い出来事である。最後に改めて大塚氏の見解を紹介しておこう。
「カーボベルデは、アフリカの出場枠が3カ国増えた恩恵を受けたアウトサイダーと見る向きもあったかもしれませんが、予選でアフリカの大国カメルーンに競り勝ち、事前の親善試合ではヨーロッパの強豪セルビアに3対0で快勝しています。人口の少ない小国ですが、国外で生まれた選手たちをまとめ上げ、地道に積み重ね独自の方法でチーム力を育んできた結果とも言えるのです」
この後、カーボベルデは6月22日にウルグアイ、27日にサウジアラビアと戦う。いまそのグループHは、全チームが勝ち点で並んでいる。カーボベルデの決勝トーナメント進出の可能性は十分にある。
スポーツライター・小林信也
デイリー新潮編集部
