【柯 輶】このままでは「社会不安増大間違いなし」の中国の経済苦境…結局、習近平政権の何が招いた失敗なのか
強権政治における政府の肥大化
民主主義国家においてしばしば議論になるテーマの一つが、「政府の役割と市場の役割」である。言い換えれば、「大きな政府」と「小さな政府」のどちらが望ましいのかという論争である。しかし実際のところ、大きな政府と小さな政府のどちらが優れているかを一概に断定することはできない。
一般的には、小さな政府は財政負担を抑えやすく、行政の効率性を高めることができると考えられている。一方で、所得格差が大きい社会では、低所得層に対する社会保障や再分配機能の強化が求められるため、ある程度大きな政府のほうが望ましいという考え方も成り立つ。要するに、政府と市場の適切な役割分担は、それぞれの国が置かれた状況によって異なるのである。
では、この問題を中国に当てはめるとどうなるのだろうか。
中国は民主主義国家ではなく、厳密な意味での法治国家でもない。そのため、日米欧の民主主義国家における「政府と市場の役割分担」と同じ枠組みで議論しても、あまり意味がない。なぜなら、強権的な政治体制の下では、政府は本質的に権限を拡大し続ける傾向を持つからである。その結果、政府の規模も際限なく膨張しやすい。
しかも、中国では政府を監督・牽制するガバナンス機能が十分に整備されていない。そのため、行政の効率性向上を期待することは容易ではない。むしろ問題は、政府がどこまで社会や経済に介入しようとするかにある。
実際、強権政治の国家では、政府は経済だけでなく社会のあらゆる分野に関与しようとする。その結果、社会で生じるさまざまな問題の責任も最終的には政府に帰着することになる。では、なぜ強権的な政府はこれほどまでに広範な介入を行おうとするのだろうか。
毛沢東時代の教訓――計画経済の失敗
一般に、強権政治の下では「見えざる手」による市場メカニズムが十分に機能しないと考えられている。そのため政府は経済計画を策定し、自ら資源配分を行おうとする。毛沢東時代の計画経済はその典型例であった。
当時の中国は巨大な国有企業のような存在だった。本来であれば中央銀行として金融政策を担うはずの人民銀行も、実質的には政府の出納係のような役割を果たしていた。実際、筆者が中学生だった頃、初めて作った預金通帳は人民銀行の出張所で発行されたものだった。
当時の中国を企業に例えるならば、毛沢東は巨大企業の会長であり、周恩来首相は社長のような存在だったといえる。毛沢東時代の経済運営が失敗した最大の理由は、市場が担うべき資源配分を政府が代替しようとしたことにあった。
改革・開放から「国進民退」への転換
1978年、蠟小平をはじめとする指導部は事実上毛沢東路線と決別し、改革・開放へと舵を切った。改革・開放以降、とりわけ1980年代から1990年代にかけては、小さな政府を目指す行政改革が何度も試みられた。
その背景には、共産党や政府部門が国有企業などの経済活動に過度に介入し、企業経営の非効率化を招いているとの認識があった。当時の中国では、政府の役割を縮小し、市場の役割を拡大することが経済効率の向上につながると考えられていたのである。
しかし、2000年代に入ると、中国経済は急速な成長軌道に乗った。経済規模が拡大するにつれ、共産党と政府の間では「巨大化した経済を政府がより厳格に管理しなければならない」という意識が強まっていった。
とりわけ習近平政権が発足して以降、その傾向は顕著になった。民営企業に対する規制や監督が強化される一方で、国有企業が優遇されるようになった。この現象は一般に「国進民退」と呼ばれている。
コロナ禍が露呈させた構造問題
習近平政権にとって予想外の転換点となったのは、2020年から2022年にかけて続いた3年間のコロナ禍であった。
習近平政権はゼロコロナ政策を堅持し、大規模な都市封鎖を繰り返し実施した。その結果、飲食業やサービス業を中心とする多数の中小零細企業が倒産に追い込まれた。多くの若者が職を失い、将来への展望を見失うことになった。
現在も若年層の失業率は高止まりしており、消費マインドの低迷が続いている。そのような状況のなかで、2021年には大手不動産デベロッパーである恒大集団が債務不履行に陥り、不動産バブルは崩壊した。
それにもかかわらず、習近平政権は経済成長率を維持するため、依然として投資主導型の景気刺激策に依存している。その結果、過剰設備や過剰在庫が積み上がり、中国経済はデフレ圧力に直面するようになった。
これは市場の失敗というより、むしろ政府の失敗といえるだろう。問題は政府の規模が大きいことだけではない。政府が経済活動に対して恣意的かつ過度に介入していることこそが本質的な問題なのである。
習近平政権に求められる決断
そもそも習近平政権が目指しているのは、市場メカニズムを通じた資源配分ではなく、政府による厳格な管理の下での経済運営である。これは改革・開放以来の基本路線から大きく逸脱している。
振り返れば、中国経済が急成長を遂げた最大の要因は経済自由化の推進にあった。民間企業の活力を引き出し、市場の役割を拡大したことが成長の原動力となったのである。
しかし、習近平政権の発足以降、経済活動に対する統制は強化され、市場の自由度は徐々に縮小している。このことが中国経済の減速を招いた重要な要因の一つであることは否定できない。それにもかかわらず、習近平政権は経済統制の手を緩めようとはしていない。
総括すれば、コロナ禍以降、中国では若年失業問題が深刻化し、パートやアルバイトなど不安定な就業形態で生計を立てる人々は3億人近くに達するとみられている。また、不動産バブル崩壊後の不動産不況は長期化の様相を呈している。
さらに、地方政府債務の膨張や年金をはじめとする社会保障問題も深刻化している。中国経済はすでにデフレ圧力に直面しており、30年前の日本を想起させる状況にある。
もっとも、日本は「失われた30年」と呼ばれる長期停滞を経験したものの、大規模な社会不安は発生しなかった。一方、中国では若年失業、不動産不況、地方債務問題、社会保障不安など、多くのリスク要因が同時に存在している。そして、それらのベクトルは社会不安の増大という一点に向かっているようにみえる。
中国が現在の苦境から脱却するためには、経済統制を緩和し、市場の活力を引き出す方向へ舵を切る必要がある。改革・開放の原点に立ち返り、経済の自由化を進めることこそが成長再生への近道である。今、習近平政権にはその決断が求められている。
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