23日、阪神戦で二塁打を放つ浅野翔吾

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巨人打線は根拠不明

 昨晩の、阿部慎之助監督の長女への暴行疑いによる逮捕には驚いた。26日には球団に辞任を申し入れた。余波は続くかもしれない。今後の推移を見守りたい。

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 その巨人は交流戦前のヤクルト、阪神との5試合を1勝4敗で負け越した。

 22日からの阪神3連戦は今季初の同一カード3連敗、対戦でも5連敗を喫して首位・阪神とは4.5ゲーム差だ。この3連戦は勝てる気がしなかった。実力の差をまざまざと見せつけられた。ガッカリだった。

 巨人はチャンスがあっても点が取れないが、阪神は取るべくして取っている。森下翔太、佐藤輝明、大山悠輔のクリーンアップは相変わらず強力だ。木浪聖也、高寺望夢も機能している。

23日、阪神戦で二塁打を放つ浅野翔吾

 巨人はこれまた相変わらずその場しのぎの打線を組んでいる。何度か言ってきたが根拠がよくわからない。

 まあ、丸佳浩が23日の試合で9回に代打で出て安打を放った。すると翌日は今季2度目の1番起用となった。前の日に打ったから翌日も打つだろう……これが阿部慎之助監督の評価であり起用方針なのか。

 阪神にすればトレイ・キャベッジ、ボビー・ダルベックの前に走者をためての一発を警戒すればいいだけのことだ。ソロアーチは怖くない。

このままでは次の対戦時も

 そのキャベッジは第1戦で高橋遥人から7回に2ランを放ったが、大量得点差がついていた場面では遅い。

 特に村上頌樹、才木浩人にはからっきしダメだった。才木には9連敗だ。2人とも球が速いし制球力が良く、巨人の打者たちは追い込まれてはいわゆる、クソボールを振らされていた。

 しかもストライクからボール球ではなく、ボール球からボール球になるフォークを追いかけるシーンが目立った。

 1ストライク目はえてして甘い球が来るが簡単に見逃していた。村上、才木のような投手と対戦する時は1ストライク目を積極的に振っていく姿勢が大事だ。

 このままでは次の対戦時もやられる。

阪神・立石のスゴイところとは

 阪神は近本光司がケガで戦線を離れているが、ここに来て将来性豊かな選手が出てきた。昨年のドラフト1位の立石正広内野手(創価大)だ。

 デビューから5戦連続安打は球団新人では2リーグ制後初だという。巨人3連戦は14打数7安打で5打点、打率は5割だ。強烈な印象を残した。

 ポテンシャルが高く、これから良くなるという感じが伝わってくる。スイングが速くボール球を振らない。ボールを迎えにいくのもいいし、長打力もありそうだ。第3戦では竹丸和幸から右中間席にプロ1号を放った。

 右打者であそこまでに運べるのはパワーがある証拠だ。俊足とも聞く。総合力のある選手だと思う。大事に育てればいい選手になる。

浅野はいまのままでは打てない

 巨人にも期待したい若手選手がいる。4年目の浅野翔吾外野手だ。

 1番打者に定着しつつあった平山功太が、22日の試合での左太もも裏の肉離れで離脱した。直近7試合の打率が3割9分3厘、22日も交代直前まで2安打を放っていた。19日まで7連勝していたチームには欠かせない存在になりつつあった。

 チームにとってはケガをしてほしくない選手だったが、浅野には突然回ってきたチャンスだ。阿部監督は浅野を23日から起用しているけど、いまのままでは打てない。

 昨年も指摘したが、「力感」を前面に押し出してバックスイングを取っていない。バックスイングは基本だ。よほど上体のパワーに自信があるのか、これではどうしても突っ込んでしまう。速い球にはついていけず、遅い球をこねる。

 打撃は上体の力だけではなく下半身の回転を使う。もっとゆったりと構えて、投手に合わせてバックスイングを取る。体が突っ込まなくなる。力感はいらない。

 浅野は言うまでもなく、いい素材の持ち主だ。巨人ファンだって浅野のような選手が出てくれなきゃ希望がない。観戦していてもつまらない。浅野はもっと考える必要がある。

今年も全く読めない交流戦

 先週の本コラムで連勝後には連敗がありうると記した。これから交流戦という時に4連敗とは間が悪い。

 まあ、交流戦はなにが起こるかわからない。昨年は首位を走っていた阪神が7連敗を喫し、49年ぶりの5試合連続逆転負けも記録した。

 全く読めない。巨人は26日から東京ドームにソフトバンクを迎えての3連戦、エスコンフィールドに移動しての日本ハム3連戦と、3週連続で6連戦だ。まだ3位で貯金は2。なにが起こるか、予測がつかない交流戦、なんとか巻き返してほしいところだ。

 阿部監督に代わり、監督代行として橋上秀樹オフェンスチーフコーチが指揮を執るということだが、コーチ全体で協力して頑張ってもらいたい。

(記録などは25日現在)

柴田 勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会理事を務める。

デイリー新潮編集部