川原ひろし ラーメン界の″虎″が復活へ 「なんでんかんでん」をもう一度

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息子と挑む”虎”の復活

「フライデーさんにはかなり載ったよ。なんだかんだ、いろんな話題にかこつけて20回くらいは出たんじゃない?(笑)」

Tシャツの胸に「なんでんかんでん」の文字。久々に本誌記者の前に現れた川原ひろし社長(62)からは、あの黒光りする肌もギョロッとした瞳も消え、

ずいぶん毒気(?)が抜けた印象だ。

「あのね、僕はもともと色白なんですよ。海水浴に行ってもすぐ白くなっちゃう。だから日焼けした肌に憧れがあって、店で『黒くなりた〜い!』って言ってたら、

日サロをやってるお客さんに『タダでいいから来てよ!』と誘われて。行ってみたら、本当に黒くなったんですよ! 

それで『マネーの虎』で共演していた美空ひばりさんの息子さんの加藤和也さん(54)と、『2人で日サロをやろう!』って盛り上がって実際にやったんです。番組の企画で。

いつの間にか従業員に夜逃げされちゃいましたけどね(笑)」

隣にいるご子息の光貴(こうた)氏(30)が色白のシュッとしたイケメンであるのを見れば、こちらが本来の社長の姿なのだろう。

この度、80〜90年代に豚骨ラーメンブームを巻き起こした「なんでんかんでん」を川原親子で再興させるのだという。

「僕は親父の家業を継がなかった。“光貴も好きなことをやればいい。『なんでんかんでん』は自分の代で終わっていい”と思っていたんですけど、ありがたいよね。

ただ、僕はまだ療養中だから、息子にも手伝って貰おうと思って」

川原社長が自宅で倒れたのは22年7月。故・安倍晋三元首相が凶弾に斃れた日と同じだった。当日、家には川原社長と光貴さんしかいなかった。

「基本、元気で病院嫌い。数年に一回風邪をひくくらいだった父があの日はずっと伏せっていて、話しかけても『オウ』って言うくらいだったんです。

顔色も黒いはずが青ざめていて、小さな声で『救急車、お願い……』と言う。運び込まれた病院での診断は感染性心内膜炎・大動脈弁閉鎖不全症。心臓弁が動いていなかったんです。

人工弁をつけるなど、それから計4回、手術しました」(光貴氏)

光貴氏には「『なんでんかんでん』の復活で、父が元気になってほしい」という想いがあった。

「僕にはデジタルマーケティングコンサルティングという本業があり、正直、後を継ぐかどうか迷っていました。

それが、倒れた父に、か細い声で『ラーメン、継いで欲しい』と言われたときに“やってやる!”とスイッチが入ったんです」

味は俺が見る。光貴はマーケティングのスキルがあるから、それを掛け合わせよう――父の目に力が漲(みなぎ)った。

「僕は父の店を手伝ったことがないので、まずは『なんでんかんでん』のスープ作りに取り組んでいます。幸い、レシピは残っているし、元従業員の方のご協力もあって、当時の味を取り戻せています。

あとは実店舗復活に向けたパートナー探し。『なんでんかんでん』復活を印象づけるため、まずは露出を増やすことに注力しています。

その一環として、スーパー銭湯や居酒屋でラーメンを提供するポップストア展開を進めています」(光貴氏)

5月14日発売の『FRIDAY5月29日合併号』と有料版『FRIDAY GOLD』では、

川原親子によるラーメンの試作の様子、名物のプリント海苔とマイケル・ジャクソンのコラボ、世に出る前の明太子など、多数の秘話を紹介している。