AIを用いたCO2排出量マップの「Climate TRACE」、自動車由来の排出量を70%も低く見積もっていた?
温暖化関連の数値を低く見積もるのは、もはや仕様です。
Climate TRACE(クライメート・トレース)というデータベースが公開されたのは2020年のこと。アメリカのニュース雑誌Timeは、Climate TRACEをその年の「ベストな発明100選」のひとつに選出しました。
主要大学や非営利環境団体、さらにはアル・ゴア元副大統領の後ろ盾を受けたこの独立組織は、AIを活用した二酸化炭素排出量モニタリングをメジャーな舞台に押し上げる一助になりました。
そんなClimate TRACEのデータに重大な誤りがあると主張する研究結果が発表されました。
AI気候データベースに「重大な誤り」?
学術誌Environmental Research Lettersに掲載された研究結果では、Climate TRACEの自動車由来のCO2排出量データと、Vulcan Project(ヴァルカン・プロジェクト)による推定値とが比較されました。Vulcan Projectは、政府が資金提供する研究で、北米全域の炭素排出量を高解像度でマッピングする取り組みです。
Vulcan Projectの研究室を率いる北アリゾナ大学のKevin Gurney教授が主導した研究で、Climate TRACEは、アメリカの都市部における自動車由来のCO2排出量を平均で70%過小評価していることが判明したそうです。
同研究室に所属し、論文の共同執筆者を務めたBilal Aslam博士研究員は、ニュースリリースで、Vulcan ProjectとClimate TRACEの自動車由来のCO2排出量が違うことについて次のように述べています。
Vulcanの運輸部門データも完璧ではなく、不確実性が14%あります。しかし、全米260都市における自動車由来のCO2排出量をClimate TRACEのデータベースと比較したときに明らかになった差異(70%)よりもはるかに小さいです。
これに対し、Climate TRACEの共同創設者であるGavin McCormick氏は、米Gizmodoに送った声明のなかで、Climate TRACEは自社のデータは世界各地の都市が公表しているデータセットと比較しており、Vulcan Projectの主張に沿った結果は発見されていないと反論しました。
データの食い違いをめぐる論争
Climate TRACEは、機械学習を取り入れた初期の炭素排出量分析ツールのひとつをベースにして構築されました。そのアルゴリズムは、衛星画像や温室効果ガスの直接測定データを用いて学習されており、世界規模の排出量インベントリを作成します。
正式にデータベースを公開した際、Climate TRACEは、主に直接的かつ独立した観測データに基づいた、世界初の包括的な地球規模の炭素排出量データベースだと主張していました。
一方、Vulcan Projectは異なるアプローチを取っています。アメリカの複数の政府機関から資金提供を受け、北米炭素プログラム(NACP: North American Carbon Program)から派生したモニタリング事業で、EPA(アメリカ環境保護庁)、エネルギー省、連邦道路管理局など連邦政府機関のデータセットに、土地利用やインフラのデータを組み合わせて、極めて高い空間分解能でCO2排出量を推定しています。
もちろん、この2つのデータベースを単純比較することはできません。しかし、今回の研究結果によると、Vulcanの精度の高さは、Climate TRACEのような別のデータベースを評価するうえで有用な基準になるとのこと。
Vulcanが推定する運輸部門の排出量の不確実性は、すべての道路タイプで独立した試算により、±14.2%とされています。これは比較的小さな数字です。
さらに研究では、Vulcanによる総排出量の推定値が、大気中の炭素放射性同位体(科学者がCO2排出量を推定するために用いる指標)の測定に基づく独立した推定値と、約1.4%以内の誤差に収まっているとも示されています。
Gurney教授のチームが都市部における自動車由来のCO2排出量を比較したところ、両社の平均相対誤差(誤差を真の値で割った値)がマイナス70.4%であることが判明しました。これは、Climate TRACEが、都市部の排出量を大幅に過小評価している可能性が高いことを示唆しています。
Climate TRACEはこの主張を否定し、McCormick教授は次のように反論しています。
もしそれが全面的に当てはまるのであれば、アメリカの運輸部門からの総排出量に関する私たちの算出値は、既存のインベントリと著しく食い違うはずです。しかし、実際には、私たちのデータはアメリカの公式インベントリとほぼ一致しています。2021年のアメリカにおける運輸部門による総排出量はCO2換算で15億トンでしたが、UNFCCC(気候変動枠組み条約)に提出されたアメリカの公式インベントリは14.5億トンでした。
それって、アメリカの公式インベントリが運輸部門の総排出量を過小評価している可能性もなきにしもあらずってこと?
McCormick教授はさらに、Climate TRACEもVulcanと同じ精度テストに合格しており、アメリカのCO2総排出量の推定値もまた、同じ放射性同位体ベースの推定値と1.4%以内の誤差に収まっていると付け加えました。
AI分析の限界が見えてきた?
McCormick教授は研究結果に同意していないものの、Climate TRACEとしてデータを慎重に検証するとし、「この分析に基づいてデータセットを改善できる点があれば、喜んで取り入れたいと思います」と述べています。
一方、Gurney教授のチームは、Climate TRACEの機械学習モデルや燃費データ、車両構成(保有台数や車種の分布)の値などに含まれるバイアスが、今回確認された食い違いの原因である可能性があると考えているそうです。
研究結果を踏まえ、チームは政策立案者や気候科学者に対し、自動車由来のCO2排出量の推定値を「慎重に」扱うよう求めています。
Gurney教授の研究室に所属する別の博士研究員で、研究論文の共同執筆者でもあるPawlok Dass氏は、プレスリリースでこう述べています。
インディアナポリスやナッシュビルといった個々の都市では、排出量が90%以上も過小評価されていました。
こうした地域レベルでの過小評価は憂慮すべき事態ですが、研究チームは、程度の差こそあれ、この問題が世界のデータベース全体にも広がっているのではないかという疑念を持っているそうです。
今回の研究結果は、AIをベースにした排出量分析の信頼性に疑問を投げかけています。AI分析ツールは、正確なデータを迅速かつ低コストで提供する手段として登場しましたが、Gurney教授のチームは、精度を担保するには、科学的厳密性や透明性、そして専門家による検証が依然として不可欠であると強調しています。
現実世界における気候変動政策の意思決定にAIツールが活用され始めているなかで、その潜在的な限界を理解することが、今後ますます重要になっていきそうです。
従来のモデルとAIモデルが補いあって、より精度の高いデータを提供できれば、さまざまなレベルの政府が、温暖化の緩和策と適応策をよりピンポイントで実施できるようになりますよね。もう何があっても「AI使っちゃダメ」にはならないだろうから(低コストなのは本当に大きいと思う)、磨きをかけていくことに注力すればいいと思います。
Source: Time, Crimate Trace (1, 2, 3), IOP Science, The NAU Review

