金融・財政政策は難しい舵取りを迫られている。写真は2月16日に首相官邸で会談した高市早苗首相(右)と日銀の植田和男総裁(写真:共同通信社)


「デフレ脱却」を宣言できないまま、約4年にわたり目標を上回る物価上昇が続く中、イラン情勢を受けてインフレ加速の懸念が指摘されている。企業や消費者に深刻な負の影響を及ぼさないために金融・財政政策はどうあるべきか。元日銀の神津多可思・日本証券アナリスト協会専務理事が解説する。(JBpress編集部)

 1990年代後半以降、2020年代前半にコロナ禍が明けるところまで、日本経済は繰り返し緩やかな物価低下の時期を経験してきた。消費者物価の前年比がマイナスになる状況を「デフレ」と呼ぶのであれば、繰り返しマイルドなデフレを経験してきたことは間違いない。

 一方で、日本経済について「デフレ脱却」と言う時、必ずしもそのような物価環境から脱することだけを意味しているとは限らないようだ。「デフレ脱却」という表現には、単に物価のことではなく、長く日本経済から消えることのなかった不振、不調な感じを払拭するという気持ちが込められているのではないか。つまり、「デフレ脱却」には、そのような二面性があるように思う。

 この二面性のために、「デフレ脱却」を議論する際にはどうしても話が混線しがちだ。実際にはもう、日本銀行のインフレ目標である2%を上回るインフレが4年も続いている。それでも「デフレ脱却」を宣言するという話にならないのは、まだまだ日本経済から不振感、不調感がなくなっていると断定できないからなのだろう。

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日本の「交易条件」を悪化させる2つの要因

 そこに起きたのが中東情勢の混乱である。原油やナフサなど、昨今、中東情勢に起因する様々な供給制約が強く意識されるようになっている。それは弱い円レートと相俟って、日本経済の採算を悪化させている。高いコストで輸入するわりに、それに見合う価格で輸出できないからだ。

 こうした経済全体の採算は「交易条件」と呼ばれる。現在、日本経済が経験している交易条件の悪化は、ひとつには石油関連の価格上昇によって、そしてもうひとつには弱い為替レートによってもたらされている。

 前者は中東での紛争によるものなので、日本だけの努力では何ともならない。それに対し後者は、金融政策のあり方にも依存しているので、日本の政策スタンスの結果でもある。

 では、日本経済としてどうしようもない交易条件の悪化によって外生的なインフレ圧力が生じた場合、国内の金融・財政のマクロ安定化政策はどう対応すべきか。

 これはなかなか難しい問題だ。

 交易条件の悪化は、日本企業の経営にとってはマイナス材料だ。今日、ガソリンや原材料価格の上昇によって苦しい経営を強いられている企業はたくさんある。コスト上昇をフルに価格転嫁することになお抵抗感の残る中小・中堅企業の間では、経営者の高齢化ということも手伝って、今回の採算悪化を契機に事業継続を断念する動きが生じる可能性もある。そうした個別事例もしばしば見聞きされる。

 そして現在、私たちが実感として経験しているように、インフレは生活全般を圧迫する。それは国内経済が強いか弱いかには関係ない。

インフレ圧力が強まる中で「賃上げ」をどうするか

 このように、交易条件の悪化は景気に対してはマイナス要因なので、金融政策面では緩和が望ましいし、財政政策面では積極化が求められる。しかし、インフレ圧力が高まっているので、その点では逆に両政策の引き締めが必要ということになる。

 この二律背反は、要するにベストのバランスを考えるということなのだが、昨今のマスコミの風潮では、「右にも左にもいけない」風にはやし立てられがちだ。

 さらに議論を複雑にするのは、「もっと賃上げを」という流れである。

 これは、労働と資本という二つの主要な生産要素の間で、どう企業活動の果実を分配するかという労働分配率の問題だ。今、賃上げが重視されるのは、長年、労働分配率が労働者に不利な方向に動いてきたからという側面がある。

 1990年代後半以降の「デフレ」の期間、数多くの企業倒産があり、企業がつぶれてしまっては元も子もないというのが労働者と企業経営者・株主の共通認識になった。その結果、正社員の雇用はできるだけ守る代わりに賃金は抑制され、また低賃金の非正規雇用も拡大した。このような賃金抑制を正常化することも、「デフレ脱却」という表現には含まれる。

 とはいえ、外生的な要因による交易条件の悪化に対しては、労働者も企業もそのマイナスを負担せざるを得ないだろう。日本経済の努力ではどうしようもない追加的なコストなのだから、金融・財政政策によって帳消しにはできない。

 現実には、労働分配率を高めるかたちで調整しながらも、追加コストを労働と資本がともにフェアに負担することを促す政策が求められているのである。

 ここで言う「フェアな」分担とは、企業の利益率は交易条件の悪化によって低下するが、労働者の実質賃金は、その伸びは鈍化しつつも増加基調を維持するというようなバランスのことである。

高インフレに向かうメカニズムが起動してからでは手遅れ

 日本経済が目指してきたのは、物価環境を長い目でみて2%程度のインフレにするところまで持っていくことである。

 今はその目標を実現しつつ、外生的なコスト上昇が価格転嫁を通じて内生的な高インフレにならないよう政策運営をしていかなくてはいけない。

 現状、1970年代前半の第1次オイルショックの時のような内生的な高インフレが起きているとは言えないだろう。しかし今、賃上げを是とし、価格転嫁を促す空気の中で経済活動が展開されている。高インフレに向かうメカニズムが起動してからでは手遅れとなるので、金融政策の判断は、久しく経験したことのない微妙なものになるだろう。

 振り返ると、1970年代前半の狂乱物価の原因は財政政策にもあった。景気刺激的な財政政策は高インフレの燃料ともなった。

 これに対し、1970年代の終わりから1980年代初の第二次オイルショックの時には、金融政策と合わせ、財政政策も抑制的に運営された。避けられない外生的なコスト上昇を、労働側と資本側でうまく負担して、国内要因でインフレ圧力を増幅させずにショックを乗り切ったのである。

 もちろん困っている人を助けるのは政府の役割であるから、それは当然としても、財政政策でインフレ圧力に油を注ぐようなスタンスは採るべきではない。

 では、国内要因でのインフレ圧力を高めず、どうやって困っている人を助ければいいのか。

なぜ「バラマキ」政策になりがちなのか

 しばしば一世帯当たり同額のお金を配るとか、食料品の消費税率を0%にするといった政策論議になってしまうが、それは中央政府が、本当に困っている人がどこの誰か分からないからだ。

 多くの国民は中央政府の窓口に行く機会はほとんどないだろう。ということは、中央政府は、全体は分かっていても、一人一人の国民のことはよく知らないのである。私たちが行く行政の窓口は、ほとんどの場合、市町村である。彼らはそのコミュニケーションを通じて私たちのことを中央政府よりは知っている。

 政府が本当に困っている人を助けるためには、困っている人がその実情を政府と共有する必要がある。政府が個人の所得や資産の状況を把握することに対しては忌避感も強いが、そうした情報なしには政府は本当に困っている人を見つけることはできない。

政策意図について納得感のある説明を

 見つけられないからといって、これまでのように財政支出で国民全体に大盤振る舞いすれば、それは高インフレの種を蒔くことになりかねない。今の財政政策には、本当に困っている人を助けると同時に、マクロ的には内生的な高インフレのメカニズムを起動させないスタンスが求められるのである。

 以上のように、今日の金融・財政のマクロ政策に対しては、複層的な要請がある。ちょうど良い塩梅が求められるということだ。その塩梅についてはいろいろな意見があるだろう。その意見が戦わされる中で目線が揃っていくことが一層重要になる。

 そして、その政策意図がより納得感を伴ってより多くの人に伝わる説明がほしいと個人的には感じる。もう4年も目標を上回るインフレ続いているのに「これは本来のインフレではありません」とか、先進国の中で群を抜いた財政赤字の水準であるのに「まだ追加的に歳出を拡大しても大丈夫です」といった説明をされても、「なるほどそうか」と腹落ちする人は、さほど多くないのではないだろうか。

筆者:神津 多可思