再び上京した信克さんの前に、初恋の相手が人妻になって現れて――

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【前後編の後編/前編を読む】妻への「劣等感」が消えない 有名企業勤務でシゴデキ、一方の僕は無職で酒びたり…「あなたは悪くない」と支えてくれた妻が別れを告げたワケ

 地方の小さな商店の次男として生まれた海老名信克さん(45歳・仮名=以下同)は、スポーツ推薦で入った大学をケガで中退し、生きる気力を失いかけたとき、マネージャーだった瑛美子さんに支えられた。その後、結婚し娘に恵まれたが、有名企業で活躍する妻への劣等感は消えなかった。勤め先が倒産し、酒に溺れるようになった信克さんは、専門病院に入院。それでも妻は彼を見捨てなかったが、立ち直るために身を寄せていた実家を離れ、もう一度妻子と暮らそうとした矢先、瑛美子さんから離婚を切り出された。彼女のもとには、新たなパートナーがいた。

再び上京した信克さんの前に、初恋の相手が人妻になって現れて――

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 離婚してからは実家にいるのも気が引けたので、信克さんはささやかな父の遺産を手に、再度、上京した。ハローワークに通ったものの、社会とのブランクが長かったことがネックになり、なかなか就職は決まらない。

 遠い親戚が保証人になってくれて決めたアパートの近くにスーパーができた。アルバイトを募集していたので、信克さんはいち早く応募した。何ができるのかと聞かれて、青果部門を希望した。

 信克さんの父は商店を経営しながら、畑で野菜を作っていた。野菜作りが好きでたまらないという人だった。近所からも「おいしい野菜を作る人」と認識されていたという。

「僕も高校生まではよく手伝っていました。野菜作りなんて好きでもなかったけど、確かに父の野菜はうまかった。それがよくわかったのは東京へ行ってからです。だから退院後、実家に戻って父の野菜を食べたとき、これで元気になれそうだという気がした」

やっと真人間になれた

 彼自身、いつしか野菜の目利きができるようになっていた。他に希望者がいなかったのか、野菜に慣れていない人が多かったのか、彼は青果部門のひとりとして採用された。

「少しずつ仕入れにも口を挟ませてもらったんです。こういう旬の野菜を入れて、調理方法のメモもつけて売ったらいいんじゃないかとか。それが少しずつ近所の主婦たちの評判になっていって、3年後に正社員として雇ってもらえることになった」

 やっと真人間になれたと思ったと彼は笑った。笑うと顔がくしゃっとなってえくぼが浮かぶ。ある種の女性たちの母性をくすぐるタイプかもしれない。

元妻のその後

 瑛美子さんはその後、再婚した彼との間に男の子をもうけた。それを機に小学校中学年になった娘がときどき信克さんのところにやって来るようになった。瑛美子さんも夫も、娘を気遣ってはいたのだが、娘としてはどこかいづらさがあったのだろう。

「そういう気持ちがよくわかるので、僕は必死で娘と向き合いました。自分の至らなさや弱さも娘に晒した。娘はいろいろ複雑な大人の気持ちもわかる子でした。もとはといえば僕が悪いのだから、瑛美子や夫を責める気など毛頭ない。中学生になると、娘はときどき泊まりに来るようになった。自分が家庭にいづらいからということではなく、実は僕のことを心配して来ていたみたいです。いつの間にか、娘のほうが大人になっていたのかもしれません」

 さすがに高校生になると娘は落ち着いて、自分の家で生活するようになった。それでも信克さんとはときどき会い、それとなく「おいしいもの食べさせて」とねだる。娘に嫌われなかったことが彼にとっては最大の救いであり幸福だった。

初恋の人が、人妻になって目の前に

 2年ほど前、彼は職場で青果をセールスしていたのだが、「信ちゃん?」と声をかけてきた女性がいた。「私よ、ゆかり」と相手は言った。

「幼なじみというか、小さいころ近所に住んでいたゆかりちゃんだったんです。でも彼女は小学校中学年くらいで引っ越してしまった。僕は顔も覚えていなかったけど、彼女のほうは名札と顔でわかった、と。『面影あるもん』と笑っていました」

 結婚して14年、ようやくこの近所に家を買って家族で越してきたのよとゆかりさんは言った。幸せそうだった。

「休憩、ある? お茶でもしようよと言われて。彼女の近況を聞きました。僕は言えるようなことはないから、ひとり者だよと言うしかなかった」

 帰宅してから当時のことを思い出していった。彼にとっての初恋の人がゆかりさんだったことも。今の彼女は当時とはもちろん違っているが、じゅうぶんに素敵な女性になっていた。

「そういえば幼いころから美少女と近所では言われていたんだったとか、母が『あんなに小さいのに妙な色気があるわね、あの子は』と言っていたことなども思い出した。大人になっても色気は消えていませんでしたね」

何かと頼られて

 懐かしい思い出だった。それだけだったはずなのに、彼の気持ちは微妙に変化していった。ゆかりさんは人目もはばからず、「信ちゃん」と店内で呼ぶし、周りから奇異な目で見られてもまったく動じなかった。

「噂になったら、ゆかりちゃんが困るでしょと諭したこともあるんですが、彼女は全然、聞く耳を持たない。それどころか、『信ちゃんって理数が得意だったよね。うちの子、塾にも行かないし、高校に受かるかどうか心配でしょうがない。今度、教えてやってくれないかな』と言われて。実は娘の勉強を少し見ていたせいで、中学生の理数ならなんとかわかる。それで仕事の合間を見て、家庭教師ということでゆかりちゃんの家に行くようになったんです。軽率だったといえば軽率だったんだけど……」

 自分の子のような年齢の少年に教えるのは楽しかった。高校生になった娘がだんだん精神的に離れていくのを感じていたからこそ、中学生の少年がかわいく思えた。ゆかりさんの昔の同級生だったと聞いた少年は、「へえ。おふくろ、おじさんのこと好きだったのかな」とませた口をきいた。

「それはないよ。おかあさんは昔からきれいでモテたんだよと言ったら、へえと素っ頓狂な声を上げていました。今どきの中学生は生意気かなと思っていたけど、彼は素直でとてもいい子だった。ただ、父親の出張が多いから寂しかったんでしょうね。部屋にグローブがあったからキャッチボールでもしようかと言ったら、すごくうれしそうだった」

 ゆかりさんは「家庭教師っていくらくらい払ったらいいの? ごめんね、我が家はあんまりお金がなくて、たくさんは払えないの」とすまなそうに言った。「お金なんていいよ」と信克さんは思わず言ってしまった。ゆかりさんは、それじゃ悪いわとつぶやきながら、結局は払おうとしなかった。

 それどころか、棚が壊れたんだけど直せるかとか、電気製品の使い方がわからないとか、なにくれとなく信克さんを頼りにした。それでいて夫が出張から帰ってくると連絡ひとつ寄越さない。家庭教師も「土曜の昼間、なんとかならないかしら」と急に言ってきたりする。信克さんは、できることは何でもした。頼られることがうれしかったし、自分が必要とされていることに喜びがあった。そしてなによりゆかりさんへの好意は、いつしか強い恋愛感情に変わっていた。

拒めない夜

「あるとき『今日、ちょっとだけ来てもらえないかしら』と連絡があったんです。その日は夜9時過ぎでなければ行けないと言ったら、それでもいいと。てっきり息子の勉強を見るんだと思って行ったら、息子はいない。『私だけなの』と抱きつかれて、一瞬、ふりほどいたけど再度抱きつかれて、もう拒否できなかった」

 だが、ことが終わるとゆかりさんは急にそわそわし始めた。息子は友だちの家にいるんだけど迎えに行かなくちゃいけないのと、暗に「もう帰れ」と言わんばかりだった。

「抱き合ったのはいいけど、ほとんど話もせず、なんだか彼女に道具にされたような気がしました。でも夫ある身の女性を好きになったのは僕のほう。それまでいろいろ尽くしてきたことの単なるお礼の気持ちだったのかもしれないとさえ思った」

 そしてそれは当たっていたようだ。それ以降、ゆかりさんはまったく彼に連絡をしてこなくなったのだ。あるときスーパーで息子にばったり会い、「勉強、大丈夫か?」と聞くと、塾に行き始めたという。ゆかりさんはスーパーに姿を見せなくなった。別の店に行っているのだろう。

「近所で噂になったとか、そんなこともあるのかもしれない。いずれにしても僕が騒いでいい話ではないですしね。関係をもってはみたけど、ちっともよくなかったとも考えられる。いずれにしても続けたくなかったんでしょう。でも……」

 信克さんは口をつぐんだ。おそらく悔しいのだろうし、自分の恋愛感情を弄ばれたようなつらさもあるに違いない。彼女は信克さんの気持ちを知っていたはずだ。それでも相手は既婚者。彼が暴露したら彼女の息子が傷つく。ことが大きくなって噂になれば、回り回って自身の娘の耳に入る可能性もある。

「もう僕は誰も傷つけてはいけない。そう思っています。でもときどき弱い僕が顔を出す。最近、またアルコール依存のときに世話になったカウンセラーに話を聞いてもらっています。もう一段、もっと精神的に強くならないといけないと思うから」

 きっぱりとそう言ったあと、「生きていくことってつらいですね」と、彼は小声でつぶやいた。彼が言うように、生きていくだけでも大変なことなのだ。

「いっそ感情の揺れなど感じない人間になりたいと思っちゃいますよ」

 それが今の彼の本音なのだろうと思わせるような、しみじみとした口調だった。

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 ゆかりさんの真意が見えないだけに、信克さんとしても気持ちの収めどころがないようだ。それにしても不運つづきの半生である……。記事前編では、元妻とのなれそめから別れまでを紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部