「二度と会う気はありません」…〈手取り29万円・34歳〉長女、〈年金月10万円・66歳〉母と弟を残して実家を去ったワケ 

写真拡大

一見、安定した生活を手にしているように見える34歳の会社員女性。しかし、その給料の多くは実家へ消え、貯金も恋愛も将来設計も後回し。「家族のため」「自分は大学を出してもらったから」と、自分のことを二の次にして生きてきた彼女が、ある日下した決断とは?

進学を勧めてくれた母に感謝も…「忘れられない一言」

「もう二度と会わない覚悟です」

都内の企業で専門職として働く佐藤智子さん(仮名・34歳)は、家族3人で暮らしていたアパートを後にしました。

智子さんは国立大学を卒業し、現在は会社員として働いています。手取り月収29万円、さらに賞与。安定した生活ができるように思えますが、その暮らしは決して平坦ではありませんでした。

父は20年前に蒸発し、母は女手一つで智子さんと弟を育ててきました。収入は低く、智子さんは高校在学中からアルバイトをかけもちして、家にお金を入れる日々。「普通とは言えない学生時代を過ごした」と振り返ります。

一方で、厳しい暮らしの中でも、母は智子さんに大学進学を進めました。智子さん自身も進学に強い希望があり、睡眠時間を削って勉強。学費負担が少ない国立大学へ入学しました。

その安いといわれる学費でも、母が全額出すのは不可能です。奨学金月10万円を借り、在学中もアルバイトに明け暮れて学費と生活費を捻出しました。

智子さんが安定企業に就職を決めたとき、母が言った言葉を智子さんは忘れていません。「おめでとう」でも「頑張って」でもなく、「これで楽になれるわ」でした。

「結婚なんてしなくていいからね」

社会人になって10年以上。給料や賞与のほとんどを家に入れ、自身の奨学金も、月3万円ずつ返済しています。

一方、弟は28歳になっても定職に就かず、家にいる時間が増えるばかり。母は弟には甘く、弟の国民健康保険や年金保険料まで智子さんが肩代わりしてきました。

母の言葉は、いつもこうでした。

「家族で協力するのは当たり前だからね」
「本当は大学なんて行かせる余裕がなかったのに、あなたのために私も頑張ったのよ」

気づけば、智子さんは34歳に。しっかりとした収入がありながら、自由に使えるお金はわずか。貯金もほとんどなく、恋愛も結婚も考える余裕はありませんでした。

決定打になったのは、母の何気ない一言でした。

「結婚なんてしなくていいからね。ずっとこの家にいなさい」

母は現在66歳、年金は月10万円ほど。智子さんの収入がなければ、弟と2人での生活は厳しいものになるでしょう。母自身にいくら貯金があるのか、智子さんは把握していません。

しかし、智子さんは悟ったといいます。「この家にいたら、私の人生は終わる」と。母と弟が出かけた隙に、スーツケース2つだけ持って家を出ました。机の上には、短い置き手紙だけを残して。

「家を出た後、母が会社に来たことがありましたが、受付に伝えて帰ってもらいました。もう二度と会わない、それぐらいの気持ちで切り離さないといけない。そう考えています」

「支え合い」と「搾取」の境界線

智子さんのように、親の生活や家計を長年支え続けるケースは、親子役割逆転、いわゆる「ペアレントフィケーション」と呼ばれる問題の一種といえます。本来、親が担うべき生活責任や精神的負担を、子どもが過度に背負わされる状態です。

厚生労働省の「令和4年国民生活基礎調査」によると、大人が1人の世帯の相対的貧困率は44.5%に上り、ひとり親世帯の生活の厳しさは社会問題になっています。生活苦のしわ寄せが子どもに向かい、学費負担や家計支援を若くして背負うケースも少なくありません。

もちろん家族で支え合うこと自体は自然です。問題は、それが感謝ではなく当然になり、断る自由まで失われることです。「誰のおかげで大学に行けたと思っているの」「家族なんだから当然」といった言葉で罪悪感を抱かせ、援助を当然視するのは健全な助け合いとはいえません。

家族を支えることは決して悪いことではありません。ですが、その行為で自分の人生が失われているなら、一度立ち止まって考える必要があるでしょう。支え合いと搾取は、似ているようでまったく別のものだからです。