【加古 雄介】「毎日辞めたかった」エンジニアから「寿司職人」になった私が味わった”地獄”…「ホワイトカラーの経験」は活きたのか

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IT企業で5年働いたのち、寿司職人に転身した筆者。現場に入った直後にぶつかったのは「体」と「人間関係」の壁だった。

前編記事はこちら→エンジニアから「寿司職人」になった私が"入店初日"から味わった洗礼…「技術」以前に立ちはだかった壁

しかし、壁はそれだけではない。「技術」の壁、「メンタル」の壁。あわせて4つの壁を、筆者はどう越えたのか。そして職人世界の泥くさい現場で、ホワイトカラーの経験ははたして武器になったのか……?

3つ目の壁:「技術」 努力しても、すぐには伸びない手仕事の現実

寿司学校での2カ月間、誰よりも早く教室に来て遅くまで残り、家でも空いた時間はひたすら練習と復習に注ぎ込んだ。卒業試験の合格基準はある大手回転寿司の幹部昇格試験よりも厳しいとされていて、ギリギリでなんとか通過した。

学校で学んだことは、確かに必要な基礎だった。包丁の持ち方、魚のおろし方、握りの基本形。どれも間違ったことは教わっていないし、現場に入ってからも土台として機能した。学校に通っていなければ、初日に「握ってみろ」と言われても何もできなかっただろう。その意味で、学校で過ごした時間は確実に有用だった。

しかし、学校で身につけたものがそのまま現場で通用するわけではなかった。学校では1貫をきれいに握れるようになっても、現場で求められるのはそれを100人分、疲れても手が冷えても、一定のクオリティで出し続けることだった。しかも現場では、大人数の予約、アレルギー対応、ネタ切れ、苦手食材の差し替えなど、想定外が次々に起こる。

さらにカウンターに立てば、お客様との会話の中で好みに応じた調整も必要になる。作業を正確にこなすだけでなく、その場の空気を読みながら組み立てを変えていく。学校が練習の場だとすれば、現場は常に大会の決勝のような真剣勝負の場だった。

ホワイトカラーの仕事には、「理解すれば前に進める」という感覚がある。資料を読み、構造を把握し、言語化できれば、ある程度のアウトプットは出せる。努力と成果が、それなりに比例する世界だ。

手仕事は違った。頭でわかっても、手が動かない。理屈を理解しても、体がついてこない。なかなか上達しないと思っていたら、ある日突然、階段を何段も飛ばしてガクッと伸びることがある。逆に言えば、その日が来るまで、ひたすら停滞の中で手を動かし続けるしかない。

そして技術的な習得が遅れるほど、他の壁にも跳ね返ってくる。技術が足りなければ現場で戦力にならず、人間関係で立場が悪くなる。立場が悪くなれば、握らせてもらえる機会が減り、代わりに回ってくるのは下働きの仕事ばかりになる。重い荷物の運搬、延々と続く洗い物、閉店後の床磨き。それ自体は必要な仕事だが、体力は確実に削られる。握りの練習をする余力が残らない。

かといって練習の時間を確保するには、寝る間を惜しむしかない。私自身、苦手だった穴子のさばきを少しでも上達するために、朝7時に早出して練習していた時期がある。営業前に2時間、穴子をさばく。営業が終わるのは22時過ぎ。翌朝また7時。睡眠を削って練習しても、疲労で集中力が落ちれば営業中にミスが出る。技術の壁と体の壁は、こうして容赦なく連動していた。

4つ目の壁:「メンタル」 積み上げてきた自分がゼロになる感覚

4つの壁の中で、いちばん深いところに刺さったのはメンタル面だった。

会社員として数年働き、プロジェクトをまとめ、システムを開発し、それなりに仕事ができる大人として生きてきたつもりだった。しかし、会議室でプロジェクト計画を説明していた自分が、今はきゅうりをまっすぐ切ることすらできない。ご飯をまともに炊けない。その落差が、ふとした瞬間に込み上げてくる。

給与は新卒時代を下回る。社会的には「落ちぶれた」と見られることもある。18歳の先輩から「邪魔だからあっち行ってろ」と日常的に言われる。

自分が会社員時代に積み上げてきたもの--立場、スキル、「できる大人」という自己認識--が、現場に入った瞬間にゼロになる。

外からの圧も厳しいが、いちばん堪えるのは自分の内側の葛藤だ。

他人から怒鳴られること自体は、ある程度覚悟していたから耐えられた。しかし、「こんなこともできないのか」という自己嫌悪は、覚悟では防げない。今まで「それなりにやれる人間だ」と思って生きてきた自己像が日々削られていく。これは想像していたよりずっと深いところに刺さった。

毎朝1時間早く出勤して握りの練習をした。営業で使う魚について帰宅後に調べた。仕込みが追いつかないとわかれば少しでも早出して対応した。やれることはすべてやっているつもりだった。それでも、営業に入ると同じミスを繰り返す。「やっているのに」--その気持ちが、いちばん自分を追い詰めた。

正直に言えば、毎日辞めたいと思っていた。逆に、働けない状態になったほうがいろいろと楽なんじゃないか、と考えたことすらある。

それでも何とか1日の営業を終えて店を出て、外の空気を吸ったとき。無事にまた1日を生き延びた、という安堵感がどっと湧いてくる。その小さな安堵だけを噛みしめて、また明日も行くかと観念する。その繰り返しだった。

4つの壁の越え方--ホワイトカラーの経験は、どこで活きたか

ここからは、4つの壁をどう越えたかを書きたい。

先に言っておくと、会社員時代の経験が寿司の技術にそのまま変換されたわけではない。プロジェクト管理ができても魚はさばけないし、プレゼンがうまくても握りは上達しない。職人技そのものは、現場で体を使って覚えるしかなかった。

しかし、壁にぶつかったとき、その壁をどう越えるかという「戦い方の設計」の部分で、ホワイトカラー時代の経験がたまたま活きた場面がいくつかあった。

まず、体の問題について。

1つは、始める前に体を作ること。肉体労働に就く可能性を考えて、2年ほど前からランニング、自重の筋トレ、ヨガを続けていた。特に下半身と腰まわりのトレーニングは、現場に入ってからの耐久力に直結した。完璧な準備ではなかったが、ゼロから始めるのとでは雲泥の差があったと思う。

もう1つは、始まってからの回復にお金を使うこと。鍼灸、整体、マッサージ。腰痛が慢性化したときは理学療法士にオーダーメイドのインソールを作ってもらい、劇的に改善した。安くはない出費だったが、体が壊れてポジションを失えば、すべてが終わってしまう。

本来いちばん頑張らなければならない最初の時期に、いちばん体への負担が重なる。そこで不調をきたして休めば、周囲の評価は一気に下がる。だから、始まる前にできる限り頑丈な状態を作り、始まってからは使える手段は何でも使う。

「つらいけど頑張る」ではなく、「つらくなる前に手を打つ」。「つらくなったらお金で回復を買う」。業務改善やリスクマネジメントの考え方とそう変わらない。派手な話ではないが、この地味な合理性が、現場で使える武器のひとつだった。

続いて人間関係の壁に対しては、自分がどう見られているかを客観的に把握し、最適な振る舞いを選ぶこと。ここに周囲からの見られ方、自分の見せ方を意識する会社員時代の強みが活きた。

最初の1カ月は評価期間だと割り切った。この時期に「ダメそうだ」という印象が固まると、それをひっくり返すのはかなり難しい。「どうせすぐ辞める」と思われている状態では、些細なマイナスが先入観を強化し、「やっぱりダメだ」という評価を補強してしまう。

だからまず徹底したのは、余計なマイナスをゼロにすることだった。遅刻しない。挨拶をする。返事を大きな声でする。指示されたらすぐ動く。どれも当たり前のことだが、この当たり前を一つも外さないことに全神経を注いだ。

そのうえで、「逃げない人間だ」と伝わる行動を積み重ねていく。突然「握ってみろ」と言われたら四の五の言わずにやる。翌日から新しいポジションに立てと言われたら二つ返事で受けて、その夜のうちにできる限りの準備をする。誰よりも早く出勤する。口先でやる気を語るのではなく、行動で示す。

面白いもので、不思議な経歴の人間が黙って根性を見せると、ギャップで評価されることがある。「こいつ、意外とやるな」という空気が生まれると、そこから先は少しずつ楽になっていった。

人間性に大きな問題がなく、忙しい現場でちゃんと働ける人には、どんな経歴であっても現場はちゃんと応えてくれる。人手が足りない中で、まともに働いてくれる人間は貴重だからだ。

失点を減らし、行動で信頼を積み、戦力として貢献し続ける。それを1カ月ほど続けたあたりで、ふと警戒が解け、仲間として受け入れられたと感じる瞬間がある。そこまでたどり着ければ、ようやく仕事そのものに集中できるようになる。

「技術の壁」はこう乗り越える

技術の壁に対して、すべてを完璧にしようとすると、あらゆる方向に手が広がってどれも中途半端になる。ここで活きたのは、課題分解と優先順位づけの力だった。

「営業を回すために、今の自分に最低限求められていることは何か」を絞り込む。私の場合、最初に設定した合格ラインはこうだった。

写真を撮りたくなるような見た目を作ること。味はクレームが来なければ十分。回転に間に合うスピードで、順番を間違えずに出すこと。

それだけだ。繊細なシャリのニュアンスも、ネタごとの最適な握り方の微調整も、この時点では後回しにした。まずは「このポジションに立ち続けていい」と認めてもらえるラインを越えること。機会さえ失わなければ、細部は後から磨ける。

完成度100%を目指して沈むより、60%でも動くものを出して、打席に立ち続ける。そのほうが結果的に成長は速い。

もうひとつ意識したのは、技術習得の勢いを殺さないことだ。手仕事の技能は暗記と同じで、時間が経つと鈍る。だらだらと長期間かけるよりも、短期間に集中して一気に駆け抜けるほうが定着しやすい。毎朝1時間、出勤前に握りの練習をした。営業では毎日1000貫近く握り続けた。3カ月という短い期間だったが、1カ月が経つ頃には余裕を持って営業をこなせるようになっていた。

主要な技術に絞り、短期間に集中して身につける。この割り切りができたのは、業務の優先順位づけに慣れていたからだと思う。

最後にメンタルの壁を越えるうえで役に立ったのが、目標を設定し、一定期間で現在地を見直すキャリアプランニングの術だった。私はこの挑戦を、人生全体の最終判定ではなく、「まず3カ月で適性を見極める試行期間」と位置づけた。

そのうえで、どこまでできれば続ける意味があるのか、何を得られればこの挑戦には価値があったと言えるのかを、自分なりに先に決めておいた。

そうすると、目の前で怒られた日も、うまく握れなかった日も、それだけで自分の価値が決まるわけではなくなる。今日の失敗は失敗として受け止めつつも、それが3カ月全体の中でどこにあるのかを見直せるからだ。

苦しい日は、そもそもなぜこの道に入ろうと思ったのか、何を確かめたくてここに来たのかに立ち返った。すると、その日の屈辱を人生の敗北ではなく、異業種転向の移行期に払うコストとして捉え直しやすくなる。

現場では、他人からどう見られるかを無視して働くことはできない。だが、それだけを基準にしていては持たない。だからこそ、周囲の評価とは別に、自分の中の評価軸を持つことが大事だった。昨日より一つでもできることが増えたか。当初決めた目標に少しでも近づいているか。そうやって自分の目標で現在地を測り直す。この自己管理の力が、メンタルの壁を越えるうえで、最後の支えになった。

異業種への転身は過去を捨てることではない

体、人間関係、技術、メンタル。どれも、「手に職をつける」という言葉の裏に隠れた、見えにくい壁だった。職人世界に入ると、この4つの壁に次々とぶつかる。

ここまで書いてきて伝えたいのは、ホワイトカラーの経験は無意味ではなかった、ということだ。どれも派手な話ではない。しかしこれらがなければ、3カ月ももたなかっただろう。

AI時代に「手に職」への関心が高まっている。デスクワークが自動化されるかもしれないという不安から、技術を身につけたいと考える人は増えているように思う。

ただ、職人の世界に入るということは、技術を覚えるだけの話ではない。それまでの自分が通用しない場所に立ち、体も人間関係もプライドも削られながら、それでも前に進む。その過程で必要になるのは、新しい技術だけではなく、それまでの経験を活かし、強みとする発想の転換だった。

私の場合、それはIT企業で培った合理性や設計思考を、職人世界の泥くさい現実に当てはめ直すことだった。格好いい話ではまったくない。でも、あの日々を振り返ると、会社員時代の自分が無駄だったとは、どうしても思えない。

何か新しいことに挑戦するとき、ゼロから学ぶ謙虚さはもちろん必要だ。それまでのやり方にしがみつけば、かえって足を引っ張られることもある。

しかし同時に、過去に培ってきた経験まで捨てる必要はない。使えるものは何でも使う。そのしたたかさもまた、新しい世界で生き延びるためには欠かせないのだ。

これから何かを変えようとしている人に、そのことだけは伝えておきたいと思う。

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