残されたのは、1か月余りの苦行である。タイトルの望みも順位表の刺激もないまま戦うことは、刑罰に近い。だが同時に、それは再考のための猶予でもある。もはや選手たちに語るべき言葉はなく、アルベロアはマドリーでの寿命を使い果たした。

 全員が、絶対的な教義である「結果」の犠牲者だ。しかし、「レアル・マドリー」という物語を生産し続ける装置において、舞台を空白のままにすることは許されない。この期に及んで、その場所を占めることができるのは、もはやペレスだけだ。組織の根幹に関わる、深い変革を促す非情な決断とともに。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳●下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79〜84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。

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