ガラス玉の「世界」を求めて 那賀町のトンボ玉作家【徳島】
みなさんは「とんぼ玉」をご存じでしょうか?
模様が入ったガラス玉のことで、ガラス工芸の一つです。
まるで魔法のように、ガラスの棒から美しい作品を生み出す、那賀町に住むとんぼ玉作家の女性を取材しました。
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「色のついたガラスの棒を、600℃くらいのバーナーで溶かして、鉄の芯に巻き付けて丸めたもので」
「穴が開いているので、とんぼの複眼に似ているので『とんぼ玉』」
「沖縄の方では結婚式の時に交換して、お守り代わり、縁起のいいものとして昔から言われているもの」
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「20代のころに、旅先で小樽のガラス館に入った時に、もちろん販売していたものも買ったんですけど」
「偉そうなんですけど、できるんじゃないかと思って、それで」
北海道から帰ってきて見つけたのは、徳島ガラススタジオの「とんぼ玉」3日間体験コース。
すぐに申し込むと、あまりの難しさに小川さんの負けじ魂に火がつきました。
そこから、本格的にガラス工芸の基礎を学び始めます。
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「仕事に行く前に朝4時に起きて作って、仕事に行って帰ってきて寝る前に作って、というのを10年くらい続けました」
小川さんには、大切にしているものがあります。
世界で活躍したガラス工芸作家、大鎌章弘さんの作品です。
その大鎌さんが書いた「とんぼ玉」の技法書。
小川さんはこれを参考にして、独学で「とんぼ玉」の技術を学んできました。
そんな中、約10年前、憧れの大鎌さんと奇跡的な出会いが。
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「たまたま、私の作品をインスタグラムの方で大鎌先生が見て下さったんですよ。『きれい』って一言コメントいただいた」
「自分が本当に大好きで、その先生の玉を見ながら一生懸命独学で頑張ってきた」
「夢のような先生から『きれい』なんていうコメントがきたので、詐欺かなと思って嘘だろと思って無視していた」
「そしたらメッセージで、君の玉がどうしても見たいので、一度僕のところに見せに来ないかと」
大鎌さんに弟子入りした小川さんは、2か月に1回、奈良の工房まで通うようになりました。
大鎌さんの元に集まる才能溢れる人たちと交流する中で、多くの刺激を受け、技術を磨いていきました。
ガラス棒から作った、小さな手作りの花のパーツを温めます。
これを、ベースにのせます。
この上に、溶かした透明のガラスを重ねます。
それを、さかんごてで押し付けていくと…見事にバラが咲きました。
これは「とんぼ玉」の一つの技法で、「水中花」と呼ばれます。
ここから小川さんは、さらに高度な12輪の花を隙間なく埋める「華玉」という技法を独自で生み出しました。
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「基本、私、真面目なんですよ性格が、なので面白くない、真面目にやると」
「ちょっとずつでも進歩しようと思っているのに、同じようなものしかできないので、自分でいつも不真面目になろう不真面目になろう思って時々降りてくる、上手いこと言えないんですけど時々降りてくる」
「それを形にできる時がある、その時に、あ!できた(となる)、それが今回のこのティーポットとか」
(記者)
「こちらはアクセサリーケースです。ティーポットの中に花が咲いています」
「小川さんがキンセンカをイメージして作りました。バーナーワークという技法で作られたティーポットが持ち手になっています」
5月には木工職人とコラボした、作品展を徳島市で開く予定です。
今回は、とんぼ玉を飾る台にもこだわり、地球儀のような美しい作品など、オブジェとしても魅力的な作品が並びます。
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「ない、ない、本当に下手やなと」
小川さんは始めたころ、練習で毎日作っていたという「とんぼ玉」を、工房に今でも大切に飾っています。
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「これは多分マーブルだと思う、もっとひどいのが…多分これは花だと思う」
「こういう時代があったから今があるんだと、初心に戻る大切な宝物です」
(とんぼ玉作家・小川さや さん)
「ふふふふ…熱かったでしょ、こんな近くで。こんな近くで撮影した人初めて見た」
「もう私、笑い堪えるのに必死だった。そこら辺から撮られることはあっても、こんなの。すごい」
小さなガラス玉の中に広がる、鮮やかで美しい世界。
小川さんはこれからも、自分の感覚と対話の中で自由に作り続けます。
