「天体の動きなら計算できるが…」天才ニュートンも大損した。人が繰り返し〈バブルの狂気〉に飲み込まれるワケ
お金に振り回されてしまうのは、個人の問題ではなく、人類が長い歴史の中で抱えてきた「構造的な葛藤」によるものかもしれません。実は、お金と道徳の間で揺れ動く感情は、古代の神話や宗教、さらにはバブル経済の歴史の中にも繰り返し描かれてきました。本記事では、「COTEN RADIO」を手がける株式会社COTENの歴史調査メンバー・品川皓亮氏の著書『資本主義と、生きていく。〜歴史と思想で解き明かす「構造的しんどさ」の正体』(大和書房)から一部を抜粋し、「お金と道徳の綱引き」の歴史やバブルの構造をひも解きながら、人がなぜお金に翻弄されてしまうのか、その本質について解説します。
金に目がくらんだ人の哀れな末路
神話や寓話といった物語の世界ではよく、「お金と道徳の綱引き」は、金に目がくらんだ人の哀れな末路という形で表現されてきました。たとえば、ギリシア神話に登場する豊穣の神に「何でも望みを叶えてやろう」といわれたミダース王が、「私の手に触れるものすべてが煌めく黄金になるようにしてほしい」と願ったというエピソードが有名です。ミダース王の願いは叶えられ、小枝も石も、触れると金に変わります。しかし、食事をしようとしても、手に取ったパンも金になり、葡萄酒を飲もうとしてもドロドロの金になってしまう……。ミダース王は困り果て、神に「もとに戻してほしい」と泣きついたという物語です。
また、同じく古代ギリシアに起源をもつとされるイソップ童話には、川から現れた神がきこりに対し「あなたが落としたのは金の斧か」と尋ねる物語があります。
聖書ではNGでもユダヤ人が金貸しになれた理由
宗教や学問の世界では、この「綱引き」は「利子を取ることは正当化されるか」という問題として古くから論じられてきました。
アリストテレスは、利子を取る貸付を「自然に反する行為」として厳しく批判しています。彼によれば、貨幣そのものは「交換の媒介物」に過ぎず、「子を産まないもの」です。それゆえ、貨幣から貨幣を生む(利子を取る)行為は、生命のないものから生命を生み出そうとするくらい、極めて不自然な行為だと見なされたのです。また、キリスト教とユダヤ教の共通の聖典である旧約聖書には、「貧しい同胞から利息を取ってはならない」と規定されています。ユダヤ教もキリスト教も、同胞間での利子を禁じていたのです。さらに、キリスト教の聖典である新約聖書には、お金に対するもっと厳しい教えもあります。
「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい」
「人は神と富(マモン)に兼ね仕えることはできない
どちらも強烈な言葉ですね。ここで登場する「マモン」という言葉は、強欲の悪魔を象徴しています。このことから、「マモニズム=拝金主義」という言葉まで生まれ、侮蔑の対象となりました。
このように、金銭や富への執着は魂を腐敗させるというのがキリスト教の基本的な価値観でした。
「お金サイコー!」という態度は、はるか昔から後ろめたいものだったのです。
その後、利子をとる行為が道徳的にNGとされる建前は1,000年以上も続きました。しかし、これだけ様々な方法で「利子をとるのは悪だ!」と強調しなければならなかったということは、裏を返せば、ずっと昔から利子によって荒稼ぎをする人が後を絶たなかったということの証です。実際、キリスト教の教えが社会の絶対的なルールとなっていた中世ヨーロッパにおいても、今から見ると屁理屈ともいえる解釈で教義をハックし、実質的には利子をとる人々が出てきました。また、13世紀には「商業を活性化する」という利子の社会的意義に着目し、それを正当化する神学者も登場するほどでした。
これらの事実は、人類がお金に対して抱くアンビバレントな感情―もっとお金を手に入れたいが、道徳的でもありたい―の表れだといえるでしょう。
天才ニュートンも大損したバブル崩壊
次に、お金に関して人類が何度も経験してきたビッグイベントとして、「バブル景気」という現象にも着目してみたいと思います。歴史を遡ってみると、早くも1630年代には、オランダでチューリップの球根が高騰するというバブルが発生しています。チューリップの球根が投機対象となり、価格が急騰。空売りや先物取引まで発生しました。
当時の大工の年収が250ギルダーだったのに対し、バブルの頂点だった1637年にはチューリップの球根1個に5,200ギルダーもの値がついたといいます。しかし、同年にはバブルが崩壊し、多くの人が損害を被りました。
さらにその約90年後には、フランスとイギリスで相次いで大規模なバブルが発生します。
投機ブームに湧くイギリスで起きた「南海泡沫事件」と呼ばれるバブルでは、驚くべきことに、あの偉大な科学者アイザック・ニュートンですら大損をしました。彼は「天体の動きなら計算できるが、人々の狂気までは計算できなかった」と嘆いたといいます。
そして、私たちが生きる現代においては、バブルはより複雑で悪質な(?)性格をもち合わせるようになります。第13章でも触れますが、アメリカの住宅バブルの崩壊が引き金となった2008年のリーマン・ショックは記憶に新しいところです。世界を揺るがした大事件の背景には、返済できる見込みのない住宅ローンが「数字のマジック」を使って有望な金融商品に転換されて売り出されていたという問題がありました。
このように、人類は性懲りもなくバブルを繰り返してきました。
バブルの崩壊とともに大損をした人は、金に目がくらんだ自分を責めるでしょう。しかし、心のどこかには、「あの時売っていれば儲かっていたのに……」という気持ちが残っています。
他方で、投機に参加せず損をしなかった人は、バブルで損をした人々の窮状を目にして「金儲けのお祭り騒ぎに参加しなくてよかった」と胸を撫で下ろすでしょう。しかしそういった人々の心の奥底には、たとえわずかでも、うまく売り抜けて大儲けをした人をうらやむ気持ちが必ずあるはずです。
バブルの夢にほだされて破産した人を蔑む感情と、バブルで大儲けをした人をうらやむ感情。このどちらも、人間の正直な感情といえます。バブルという現象は、人間のこのアンビバレントな感情をどちらも飲み込んで養分としながら、多くの人を巻き込んでいくのです。
品川 皓亮
株式会社COTEN 歴史調査チーム
