恋人の友人の父親に生活支援を受けながら、免停中に衝突事故を起こした被告人が発した衝撃の一言【裁判傍聴記】
「事件を知った上で雇用されたんでしょうか?」
検察官の言葉に、情状証人として出廷してきた男性は「はい」と短く淡々と、そして力強く答えた。その声からは、おおよそ抑揚と呼ばれるようなものの一切が取り去られ、どこか冷たさみたいなものすら感じられた。
令和7年の4月、被告人のYは60日間の免停処分を受けていたにも関わらず、同居していた友人の車を無断で借用し、愛知県から遊びに来た友人女性を助手席に乗せて長野県の国道を運転した。
その最中、彼はハンドル操作を誤って対向車線にはみ出し、2台の対向車に衝突する事故を起こした。この事故により、被害者らは頚椎(けいつい)捻挫などのケガを負っている。
この日、名古屋地方裁判所半田支部の法廷に立った証人は、娘の友人の彼氏である被告人と飲みの席で知り合い、そこで話をする中で「いい子だな」と思い雇用することを決めたのだと語った。
白い作業着のセットアップに、白いスニーカーという服装で証言台に立つ証人は、会社を経営しており配管工をしている。ツーブロックで浅黒く日焼けした、がっしりとした体格の男だった。
彼は事件の翌月から被告人を雇用しており、遅刻や欠勤もあるが仕事には差し支えない程度で、真面目に働いていると評価した。
雇用主として監督・指導を続ける方針で、給与の前借りなどで生活面も支援していき、継続して雇用していくつもりだという。
検察から、「被告人が次、また同じような違反をした場合、どうするつもりでしょうか?」と聞かれると、静かに答えた。
「その時は、辞めてもらいます」
弁償を申し出ず「少額になるとかえって失礼」
2005年の2月に神奈川県で出生した被告人のYは、高校を卒業後にアルバイト等の職を転々とし、事件当時はとび職として働いていた。
初公判であるこの日、童顔な印象を受ける彼は、ブルーの作業着に身を包み法廷に現れた。彼の履き古されたハイカットのスニーカーの青色はくすんでいた。
現在、被害に遭った2人のうち1人とは示談が成立しており、車の買い替え費用として216万円を毎月5万円の分割で支払っている。
弁護士から「その金額について、どう思いましたか?」と問われた被告人は、「高いと思いましたが、よく分からなかったので…」とうつむきがちに答えた。
もう1人の被害者に対する車両の弁償を彼は申し出ておらず、その理由を問われると、「お金がなくて、月々の弁償額が少額になってしまうので、かえって失礼になると思ったので…」と語った。
被害者らのケガに対しての補償は、彼が運転した車の所有者である友人の保険によって賄われているというが、車両に対する補償は決して十分とは言えない。
今後、もう1人の被害者から弁償の請求が来た場合には、分割になるが支払う意思はある旨、法廷では語られた。
手取り16万円の給与から16万円弁償と借金返済
現在、被告人は証人の経営する会社の寮で暮らしている。
寮費を差し引いた給与の手取りは月16万円。そこから過去に友人の名義で借りた消費者金融への借金が90万円程あり、その返済と、本件で無断借用した友人の車の弁償や被害者への弁償に月々16万円を支払っている。
次月からは消費者金融への返済額が8万円へ下がるということだったが、それでも経済的に厳しい状況は変わらない。それでも彼は、実家から送られてくる食料品と3万円の給料の前借りで問題なく生活していくことができるのだと語った。
被告人には、進入禁止違反や信号無視、事故等の度重なる違反からくる点数累積により免停処分が下された前歴がある。
検察官に、そうした背景があった上でも本件で運転をしてしまった理由を問われた被告人は、「事故を起こさなければ大丈夫だろうと思った」と供述した。
「なぜ、免許の取消し処分などの制度があるのか分かりますか?」
その問いに、被告人は怪訝(けげん)そうな声色で「よく分かんないです」と小さな声で答えた。その声色は、どこか幼く響いた。
続けて、「違反を何度もされています。なぜ、交通ルールを守らなかったのでしょうか?」と追及された被告人は、少し困ったような素振りを見せ、一呼吸置いて答えた。
「そういう(守らなかった)わけではないです。なんというか…。運が悪かったです」
その言葉は、どこか乾いた響きを帯びていた。令和12年の1月に彼は欠格期間を終える。その後は再び免許を再取得する予定なのだという。
検察からは懲役1年4カ月の求刑がされた。
最後に、裁判官からは「経済的に厳しい状況だと思います。なにか心配な事があった時にはすぐに上司などに相談して下さい」という声が掛けられた。その言葉に、被告人は小さくうなずいて答えた。
閉廷後、被告人は雇い主の男性がハンドルを握るトラックの助手席に乗り込むと、おもむろに電子タバコを吸い始めた。二人とも、神妙な表情だったが、感情までは読み取れなかった。
社名が大きく書かれたトラックは、昼下がりの喧騒(けんそう)の中へと消えていった。
文/桑原怜史 内外タイムス
