巨人・竹丸「野球の道を残してくれた一番の恩師」応武氏墓前に晴れの報告を
◇セ・リーグ 巨人3―1阪神(2026年3月27日 東京D)
朝からどんよりと曇った日だった。当時城西大3年だった巨人の竹丸は嫌な予感がした。「危ないというのは聞いていた。親からの連絡で知った時は言葉が出なかった」。22年9月7日、崇徳時代の恩師でプロまで続く野球の道を残してくれた応武篤良さんが64歳で亡くなった。
早大監督時代は斎藤佑樹らも育て、6度のリーグ優勝へ導くなどアマチュア球界の名将として知られた。18年に母校・崇徳の監督に就任。2年生だった竹丸の運命が変わっていった。
高校時代は無名の3番手投手。野球は高校でやめるつもりだった。応武さんから「大学でも野球をやってみろ」と勧められて城西大へ進学。大きな分岐点になった。「野球の道を残してくれたので一番の恩師」。感謝を胸にいまもマウンドに上がる。
最後の対面は大学1年の20年末。当時かけられた言葉も「野球を続けろ」だった。亡くなった当時は新型コロナの影響で帰省ができず、今も線香をあげられていない。だからこそ、ドラフト指名の際に「初勝利して手を合わせにお墓参りに行く」と強く決意した。心残りがある。「高校時代は全然な選手だったから監督に写真をお願いできなかった。撮ってもらっておけば良かった」と天国へ語りかけた。晴れの報告。堂々と胸を張って恩師に向き合う。(村井 樹)
