「もう、一歩も動けません」〈月収45万円〉38歳・独身営業部長の絶望。月曜朝の満員電車、ドアが開いても一歩が出せず涙があふれた「残酷な理由」
企業の「若返り」や「抜擢人事」という言葉の裏には、深刻な人手不足という負の側面が隠れていることがあります。たとえば若くして管理職に抜擢された30代。周囲からは高年収の成功者に見えても、実際は心身を摩耗していることも少なくありません。過重労働の果てに、ある日突然「機能停止」に陥った男性のケースを見ていきます。
人手不足の歪みが露呈した、38歳営業部長の「機能停止」
都内のIT関連会社に勤務する高橋健一さん(38歳・仮名)は、半年前、同年代では異例の若さで営業部長に昇進しました。月収は役職手当を含めて45万円、年収にすると800万円ほどだといいます。
この抜擢の背景には、40代の中堅社員が相次いで退職し、組織の階層が空洞化したという企業の構造的問題がありました。高橋さんは、本来であれば3名で分担すべき部長職の業務を一人で引き受け、同時に若手社員10名の教育と実務のフォローを担っていました。
「平日は毎日16時間近く拘束され、土日も部下からの連絡や週明けの会議資料作成に追われていました。慢性的な睡眠不足が3カ月以上続き、食事もデスクで済ませるのが常態化していました。体の異変を自覚したのは、月曜日の朝、いつものように通勤電車に乗っていた時です」
高橋さんは最寄り駅に到着し、列車のドアが開いた際、降車しようとしましたが足が動かなくなりました。頭では「会議に間に合わない」と理解していましたが、下半身に力が入らず、ホームへ踏み出すことが物理的に不可能な状態に陥ったのです。
「ドアの前に立ち尽くしていると、周囲の乗客に押されましたが、踏ん張ることができずにその場に座り込みました。感情の起伏とは無関係に、目から涙が溢れ出し、過呼吸のような状態になりました。駅の係員に抱えられ、救護室に運ばれるまで、自分に何が起きているのか把握できませんでした」
その後、家族に伴われて心療内科を受診した高橋さんに下された診断は、「重度の適応障害」および「抑うつ状態」でした。医師からは、過剰な責任感と長期間の過重労働により、脳のストレス処理機能が限界を超え、体への指令が遮断された「機能停止状態」であると告げられました。
現在は、会社側が「管理職一人への業務集中」を重く受け止め、外部から副部長クラスを2名採用し、業務を3分割する体制に変更されました。高橋さんは負担の少ない部署で復職を果たしましたが、月収45万円という報酬の対価として支払った健康被害の重さを、今も実感しているといいます。
管理職を襲う「過負荷」と人手不足の代償
厚生労働省『令和6年賃金構造基本統計調査』によると、役職別の平均賃金(月額)は、部長級で60.1万円、課長級で49.5万円となっています。高橋さんの「月収45万円」は、部長職という重責を担いながら、統計上の課長級平均をも大きく下回る水準です。これは、人手不足に悩む企業が、適切な報酬を用意できないまま、肩書きだけで責任を押し付けている実態を示しています。
こうした「割に合わない」実態は、数値にも顕著に表れています。株式会社EVeMが管理職1,210名を対象に行った『管理職の実態調査 2025』によると、管理職の約6割が「以前より業務が増えた」と回答し、64%が「業務量が多い」と実感しています。その背景には「人手不足」や「業務の多様化」があり、現場のマネジャー個人がその穴埋めを一手に引き受けている実態が浮き彫りになりました。
さらに深刻なのは、精神的な孤立です。同調査の自由記述では「部下が育たない」「上層部と部下の板挟み」といった人間関係の悩みが上位を占め、約8割の管理職が「今後も業務量が見直されるとは思えない」と回答しています。高橋さんが経験した機能停止は、単なる過労だけでなく、「努力しても状況が改善されない」という絶望的な閉塞感が引き金となったといえます。
「昇進したくない社員が7割」とも言われる現代、管理職の仕事はもはや個人の精神力でカバーできる範囲を超えています。企業は、一人の有能な人材に依存する体制が組織を崩壊させるリスクを直視し、高橋さんの勤務先が講じたような「業務の物理的な分割」や「人材への投資」といった、属人性に頼らない仕組みを構築しなければなりません。

