あの課長の提案だけがいつも通る…今後も出世する中間管理職が地道にしている「影の努力」
上司と部下だけでなく、部門間やステークホルダーとの調整を担う「中間管理職」は、単なる利害調整だけでなく感情的な配慮も求められ、難しいポジションにあります。しかし、そんな管理職が業務を遂行するうえでは、いわゆる「社内政治」と呼ばれるスキルが役立っているケースも少なくありません。木村琢磨氏の著書『社内政治の科学』(日経BP)より、企業における「ミドルマネジャー」の役割と能力が高いミドルマネジャーが活用している「政治的スキル」についてみていきましょう。
上下板挟みで発揮される「ミドルマネジャー」のリーダーシップ
ここでは、リーダーの中でも特にミドルマネジャーに焦点を当て、政治的リーダーシップを考察します。
多くの場合、中規模以上の会社では、経営陣が戦略や方針を決定し、一般社員は現場の実務を遂行します。そしてミドルマネジャーは、上層部の意図を現場に伝え、現場の現実を上に報告・調整するという、両者を結びつける橋渡しの役割を担います。
上層部からは現場の日々の業務が見えにくいものです。逆に現場は部分最適に陥りやすく、全体の方向性を見失いがちです。この中間にいる各部署のミドルマネジャーは、実行責任者として計画を進めます。あわせて、部下の感情に配慮しつつ、上層部の意図に沿って業務を進めるための調整を行わなければなりません(Balogun, 2003)。
ミドルマネジャーのリーダーシップは、このような上下の板挟みの中で発揮されます。彼らには経営陣ほど強い権限や豊富な資源を持っているわけではありません。
それでも、組織の変革や戦略の実行という責任を担っている以上、強い影響力が求められる場面が多々あります。また、上層部と部下の関係だけでなく、部門間や外部ステークホルダーとの利害調整も必要です。自分の部下は指示や命令で動かせるかもしれませんが、上層部や他部門はそれでは動いてくれません。ここでカギを握るのが非公式な手段を用いた政治的リーダーシップです。
カナダの放送局における事例研究では、ミドルマネジャーの言説的能力の重要性が示されました(Rouleau & Balogun, 2011)。これは、どのような言葉を選び、誰に、どのタイミングで、どのような場で話すかといった判断力を含む能力です。
たとえば、あるマネジャーは、長年対立していた制作部門と技術部門の橋渡しをする中で、自らの言葉で「対話の場を設定」し、「相手の論理を尊重しながら、自分の語りを組み立てる」ことで、部門間の信頼関係の構築につなげました。
こうしたリーダーシップは、権力を直接行使するのではなく、相手の納得感を得ながら協力を引き出すスタイルです。専門性の高い部門や自律性の強いチームを率いる場合、命令や通達だけではなかなか動いてもらえません。言説を効果的に用いた意味のマネジメントがカギを握ります。
語る“順序”も戦略的に…ミドルマネジャーが使う4つのスキル
ミドルマネジャーのリーダーシップに関する研究は、利害調整に有効な以下の視点を示しています。
1.語る内容より「誰に、どの順序で」語るかを戦略的に考える:
相手の立場や影響力を見きわめ、味方を先に確保することで、説得力が増します(Ashford et al., 1998)。
2.「場」を設計する:
話すタイミング・場所・メンバーを戦略的に選びます。公式な場に先立って非公式な場(雑談や1対1での会食など)を設けることによって、相手に「自分の意向が重視されている」という感覚を持たせることができます(Bui et al., 2025)。
3.共通目的を強調する:
対立する立場を「正面衝突」させるのではなく、共通の目標や価値観をベースに話すことで、合意形成がしやすくなります。各部門の優先順位が異なる場合(例:コスト重視vs.顧客志向)、それらを対立関係に置くような言い方をせず、何らかの共通点を含意する言葉を多用します(Anastasiou, 2020; Wang, 2023)。
4.信頼という土台を築く:
内容の説得力だけでなく、「この人の言うことなら納得できる」という信頼感が必要です。強い影響力を発揮する場面に先立ち、日常のやりとりの中で信頼を積み上げていくことが大切です(Lestari et al., 2024)。
利害調整を進めるため、「キーパーソン」との協力が不可欠
ミドルマネジャーは会社全体の利益を考えて動く必要がある一方で、自分の部署やチームの立場を代弁する役割も担っています。さらに、ミドルマネジャーの使命には、部門の業績向上だけでなく、部下のモチベーションの向上や、将来を見据えた人材育成も含まれます。
これらを実現していくためには、ミドルマネジャーは、単に妥協して譲るだけではその役割を果たしたとは言えません。部分最適に偏らない範囲で、自分の部署の利益を主張し、実現することが求められます。
部署として必要な機会や資源を得れば、部下の成長機会を増やすことができます。また、機会や資源を確保して部署の業績が向上すれば、部下たちは自信をつけ、モチベーションも高まります(Bandura, 1997)。
利害調整をうまく進めるためには、社内のキーパーソンと協力することが不可欠です。これは、社会的資本理論(Burt, 1997)でも示されているように、人と人とのつながりによって、個人では生み出せない価値が生み出されるという考えです。利害調整や資源の獲得は、1人で行うのは難しくても、誰かと協力することで実現できる場合があります。
新卒一括採用や配置転換が一般的な日本の大企業では、同期入社組のつながりや、さまざまな部署を渡り歩く中で形成した人脈が重要になります。そのような慣行がない会社で働く人や、中途入社で同期とのつながりが少ない人は、能動的にキーパーソンと関係を築く必要があります。
キーパーソンが誰なのか分からない場合(分かっている場合でも)は、まずは身近な人々との信頼関係を築くことが基本です。良好な人間関係に加え、互恵的な関係を築くことで、支援や協力を得やすくなります。これは、社会的交換理論(Blau, 1964)で示されている考えです。
たとえば、以前に自分が協力した相手が、次の機会には自分のために動いてくれるという「持ちつ持たれつ」の関係です。互恵的な関係は、権限や命令がなくても人を動かす原動力となり得ます。
施策を上層部に売り込み資源を引き出す「イシュー・セリング」
予算、人員その他の支援など、自分の部署に必要な資源を獲得するためには、イシュー・セリングも重要です。イシュー・セリングは、リーダー(特にミドルマネジャー)が自らの部署の課題を、重要な問題として認識してもらうために上層部に売り込むことです。
イシュー・セリング理論では、ミドルマネジャーが自部署の戦略や施策を上層部の目に留まるように売り込み、資源投入を引き出す方法が議論されています(Dutton & Ashford, 1993)。イシュー・セリングには、売り込むタイミング、誰が売り込むか、どのようなキーワードを使うかといった、さまざまな戦略があります。
会社全体の利益をふまえた社内政治の文脈で重要なのは、ある提案がどのように社内で受け止められやすいかを考えることです。また、どのような主張が正当なものとして受け入れられやすいかを見きわめることも重要です。
「社内政治」が部下のモチベーションを上げる
ミドルマネジャーの役割は、タテ・ヨコの調整や資源獲得だけではなく、日常的な部下のマネジメントという下方向への影響力の発揮も重要です。
ミドルマネジャーは部署やチームの責任者として、部下に対して指揮命令の権限を持っていますが、命令や指示だけで部下がやる気を出すとは限りません。そこで本節では、モチベーション向上における社内政治の役割に注目します。
社内政治は一般的に、社員のモチベーションを下げるものと思われがちです。多くの人は「社内政治」という言葉にネガティブな印象を抱きます。
たとえば、新入社員に「うちの会社は結構、社内政治がありますよ」と伝えたら、たいていの場合はイヤな顔をされるでしょう。実際に、1980年代から2000年代にかけて注目された「組織内政治の知覚(POPs)」の研究は、POPsが社員の不満足につながることを示しています(Cho et al., 2018)。
ただし、これらの実証研究は社内政治のマイナス面だけに着目していました。社内政治の建設的な側面に目を向けると、リーダーが部下のモチベーションを維持・向上させるために、社内政治を活用すべき場面もあるといえます。
リーダーが部下のモチベーションを高めようとしても、同じアプローチがすべての部下に効果的とは限りません。会社は同じような人で構成されているわけではありません。部下の関心や価値観は1人ひとり異なります。
ある部下は、ビジョンやミッションなど仕事の意義にやりがいを感じます。一方で、そうしたことには関心が薄く、金銭的な報酬に動機づけられる部下もいます。
社内政治のスキルが高いリーダーの特徴
ドイツで行われたクリスチャン・ユーエンらの研究によると、社内政治のスキルが高いリーダーは、部下の性格や状況を見て、次の2つのリーダーシップ行動を使い分けています。(Ewen etal., 2013)。
・取引型の行動(例:成果に応じて報酬や評価を明確に伝える)
・変革型の行動(例:部下にビジョンを語り、成長ややりがいを実感できるよう働きかける)
つまり、「この人には成果報酬が有効だ」「この人にはやりがいが必要だ」といったことを見きわめ、その通りに行動できるのです。また、ユーエンらの分析は、このような見きわめができるリーダーのもとで働く部下は仕事への満足度が高いことも明らかにしています。
社内政治は、部下の多様な価値観や動機をふまえ、それに応じて働きかけるために効果的なマネジメントの手段になりえます。これを「社内政治」と呼ぶかどうかは人によって異なるかもしれません。
それでもミドルマネジャーは、制度やルールといった公式な手段に加え、非公式なコミュニケーションや人間関係も活用しながら部下の意欲を高める役割を担っていることは確かです。
政治的リーダーシップとは、状況を正確に把握し、相手の反応を見きわめながら柔軟に対応する、実践的なリーダーシップのあり方だといえます。
木村 琢磨
博士
昭和女子大学 教授

