みんなグローブを貸し合った時代!昭和キッズを熱狂させた「三角ベース」の世界【眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話】

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野球はみんなでやるもの三角ベースと公園のグローブ事情

昭和キッズの共通言語は野球

漫画に加えて、昭和の少年たちに親しまれたのが野球です。テレビ中継でプロ野球が国民的な娯楽となる一方、子どもたちの日常にも野球が根づいていきました。学校の休み時間や放課後になると、近所の空き地や公園に集まり、みんなで野球を楽しむのが日常でした。

とはいえ、全員がグローブを持っているわけではなく、チームで貸し借りをするのが当たり前。バットの代わりに竹ぼうきを使ったり、ボールが足りなければゴムボールで代用したりしました。ベースも正規のものではなく、石ころや段ボールをそれに見立てていました。特によく見られたのが「三角ベース」という簡易ルールの遊び方で、人数が少なくても楽しめるため、子どもたちの間で広く親しまれました。

こうした遊び方の背景には、当時のプロ野球人気があります。巨人戦をはじめとした中継が毎日のように放送され、王貞治長嶋茂雄といったスター選手は子どもたちのヒーローでした。学校での会話も昨日の試合結果や選手の記録で盛り上がり、野球を語り合うことが共通言語となっていたのです。

野球は単なる遊びを超えて、地域の子ども社会を形づくる重要な要素でもありました。習い事として野球をやっていなくても、誰もが気軽に取り組める遊びだったといえます。

草野球の定番「三角ベース」を一発理解

①目的

道具や人数が足りなくても遊べる“時短省エネ版野球”

②フィールド

石・段ボールで3つのベースを逆三角形に配置(ホームを含め3拠点でOK)

③人数

3対3~4対4でも成立。守備は投・内・外のざっくり配置でOK

④用具の代用

バット=竹ぼうき/ボール=ゴムボール/グローブは貸し借り

⑤ルールの目安

(1)打ったら一気に次のベースへ(盗塁はナシ or 子ども同士で可否を決める)
(2)ゴロは“一塁に見立てたベースへ送球でアウト”、フライはノーバン捕球でアウト、相手にボールをぶつけてもアウト
(3)ファウルや境界線はその場の合意で決める(昭和キッズの“話し合い運営”)

“野球は国民的娯楽”を示す視聴率データ

昭和期のプロ野球は国民的人気があり、巨人戦などの視聴率は40%前後、昭和53年(1978年)日本シリーズ第7戦は45.6%(瞬間最高61.5%)を記録しました。

関東地区、ビデオリサーチ等のデータに基づく代表的な高視聴率

【昭和39年(1964年)4月29日】 大洋―巨人(公式戦)視聴率 40.6%(TBS) 【昭和39年(1964年)5月27日】 阪神―巨人(公式戦)視聴率 37.4%(TBS) 【昭和52年(1977年)8月28日】 ヤクルト―巨人(王、本塁打世界記録間近)視聴率 37.4%(フジ) 【昭和52年(1977年)8月31日】 巨人―大洋(王がアーロンに並ぶ755号)視聴率 42.1%(日テレ) 【昭和53年(1978年)10月22日】 日本シリーズ第7戦(ヤクルト―阪急)視聴率 45.6%(フジ、瞬間最高 61.5%) 【昭和54年(1979年)6月2日】 巨人―阪神(江川卓 一軍初登板)視聴率 39.9%(日テレ) 【昭和57年(1982年)9月30日】 中日―巨人(天王山)視聴率 40.5%(NHK)

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話』監修:町田 忍