古代エジプトにおいて“唯一神”は受け入れられなかった【眠れなくなるほど面白い 図解 古代エジプトの話】
【新王国時代】古代エジプトにおいて“唯一神”は受け入れられなかった
アメンからアテン、再びアメンへ
アメン神殿の建設がさかんになるにつれ、神殿の祭祀や運営を担う神官団は富と権力をもち、やがて王権と対立するようになりました。そこで、アメンヘテプ3世の跡を継いだアメンヘテプ4世は、大胆な宗教改革を行います。彼も従来どおりテーベのアメン神の加護で即位しましたが、信仰していたのは太陽神アテンでした。彼はカルナクのアメン大神殿域内にアテン神殿を建設し、さらに首都をアメン神の聖地テーベから新都アケトアテン(「アテンの地平線」の意)に移します。
自らの誕生名もアクエンアテン(「アテン神にとって有益なる者」)に改名し、唯一神としてのアテン神への信仰を宣言しました。そして、アメン神やほかの伝統的な神々、その神官団を迫害し、アメン神の名と図像を記念物から削除、彫像を破壊し、神殿も閉鎖しました。
しかし、アクエンアテンの死後、アテン神信仰は急速に衰退します。人々は「死後はオシリス神のいる来世で永遠の命を授かる」という、古代エジプトの伝統的な宗教による来世観を捨てることはできなかったようです。この状況を受け、再びアメン神を中心とする伝統的な信仰を復興させたのが、有名なツタンカーメン王です。閉鎖されていた各地の神殿が再開されました。カルナクのアメン大神殿から出土したツタンカーメン王の「信仰復興碑」に、そのことが記されています。
太陽神アテン
アメン神復興でツタンカーメンを名乗る
【ツタンカーメンの名が意味すること】
ツタンカーテン(トゥトアンクアテン):アテン信仰
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ツタンカーメン(トゥトアンクアメン):アメン信仰復興
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 古代エジプトの話』著:河合 望(エジプト学者・考古学者/筑波大学人文社会系教授)
