水城高校ゴルフ部最後の年に全国大会優勝を遂げた関将太(撮影:佐々木啓)

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プロゴルファーの原点ともいえるのが高校時代。多くの有望選手を輩出する名門高校のゴルフ部監督は、その原点を知っている。有名プロとなった今では語られない、知られざるエピソードも数多い。高校ゴルフ部監督の回顧録をお届け。今回は夏の全国大会・団体戦男の部で6度の優勝を誇った水城高校(茨城県)を1977年の創部から休部となった2016年まで40年率いた石井貢氏(現・明秀学園日立高校ゴルフ部総監督)。水城高校最後の年で全国制覇を遂げた選手も名伯楽の良き思い出だ。(取材・文/山西英希)
■奇跡の6連続バーディでつかんだ全国大会優勝
学校の方針で2016年3月にゴルフ部休部という決断をした名門・水城高校。15年度が最後のシーズンとなった。3年生だけで臨んだ「全国高校ゴルフ選手権 夏季大会」団体の部では16位タイに終わったが、中一日置いて開催された個人の部では奇跡が生まれた。なんと同校の関将太が大逆転で優勝を飾ったのだ。地味ながらもひたすらパッティング練習を続けた成果が形となったが石井貢氏に贈る最高の恩返しだった。
個人戦初日を終えて首位に1打差の2位タイにつけていた関は、スタート2ホールで連続ボギーを叩くなど、苦しいゴルフを強いられたが、最後まであきらめることはなかった。「監督に恩返しをしたい」という一心で目の前にあるボールに集中すると、なんと11番から6連続バーディを奪う。一気に上位陣を抜き去り、逆に2位に2打差をつけての優勝となった。
当時ゴルフ部監督を務めていた石井貢氏は関について次のように振り返る。「私にとっては水城で最後の教え子になる代だったので、関のことはよく覚えています。飛距離がそれほどでもありませんでしたが、ショットの精度には光るものがありました。彼から全国大会の個人戦で優勝するにはどうしたらいいのか聞かれたので、パッティングの技術を磨くことだと説明しました」。
■飛距離に勝るパッティング力を磨いた関将太
パーオン率の高い関なら6、7メートルの距離を沈める確率が上がれば、バーディを奪う確率も高くなると考えたのだ。もちろん、簡単に入る距離ではないが素直に石井氏の指示にしたがったという。
同校では毎朝7時から部員全員が参加する早朝練習を行っていたが、関は朝の5時に登校し、校庭にある人工芝のパッティング練習場でひたすらボールを転がし続けた。それ以外でもなるべくパッティングの練習をするための時間をつくるようにしたことで、徐々にパッティングの精度が上がっていった。
同校ゴルフ部にとって有終の美を飾った関は、高校卒業後、東北福祉大に進みゴルフ部キャプテンとして活躍。大学4年時の団体戦、「信夫杯」では、決めれば優勝という5メートルのバーディパットを沈めて優勝に導いたのも高校時代の練習の賜物だろう。2019年にプロ転向をして、プロデビュー戦の20年の日本オープンは21位タイフィニッシュ。プロとしてまだ歩み始めたばかりだが、“水城魂”を胸にレギュラーツアーを目指して日夜レベルアップに励んでいる。
「私が思う天才とは、ゴルフが大好きで何としてでも上手くなりたいという気持ちが強い子です。その意味では関も例外ではありませんでした」。
片山晋呉、宮本勝昌、横田真一、市原建彦、永野竜太郎、佐藤太平、星野陸也…各年代で多くのツアープロを輩出してきた石井氏。努力をしてこそ才能を開花させるものだという。
■関将太
せき・しょうた/1997年8月2日生まれ、山形県出身。身長174センチ、体重77キロ。小学6年でゴルフを始め、中学2年時には「東北ジュニア」優勝など頭角を現す。水城高校進学後は「全日本パブリック」や「全国高校選手権」などのタイトルを獲得。名門・東北福祉大学では4年時に主将を務め、金谷拓実、杉原大河らとともに活躍した。19年にプロ転向し、20年の日本オープンでデビュー戦を飾る。

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