スペイン代表、歴史上「最も重要で偉大な」10名
23日にEURO2020のグループステージ最終節、スロバキアとの試合に臨むスペイン代表。ここまで2戦2引き分けという結果となっており、ここでの勝利はまさに至上命題となる。
今回は『Football Espana』から「スペインの歴史上最も重要だった10名の選手たち」をご紹介する。
アンドニ・スビサレッタ

80年代から90年代にかけて世界でも最も偉大なゴールキーパーの一人だった。4回連続でワールドカップに出場し、EUROでも2回スペイン代表の守護神としてゴールマウスを守った。
クラブでもアスレティック・ビルバオとバルセロナの両方で成功したキャリアを享受した。スペイン代表での出場数は126capを数える。
エミリオ・ブトラゲーニョ

スペイン語で「ハゲタカ」を意味する愛称「エル・ブイトレ」で呼ばれた名選手。レアル・マドリーで長くプレーし、341試合で155ゴールというとてつもない成績を記録した。
スペイン代表でも中心的な存在となり、1984年から94年まで69試合に出場し29ゴールを決めた。
フェルナンド・イエロ

類まれな多様性とリーダーシップで知られたフェルナンド・イエロ。187cmの身長を持ちながらも高いテクニックまで備え、センターバックとボランチの両方でワールドクラスのプレーを見せた。
DFでありながらもスペイン代表の歴史上4位タイとなる29ゴールという記録を持っており、ワールドカップ4大会、EURO2大会に出場している。また監督として2018年ワールドカップも戦った。
ラウール・ゴンサレス

レアル・マドリーで通算741試合に出場した本物のレジェンド。その技術的スキルと規律だった態度、そして優雅なプレーと決定力。まさに時代を彩ったスター選手であった。
スペイン代表では10年間で102capを獲得し、そのなかで44ゴールを叩き込んだ。ワールドカップ3大会、EURO2大会、オリンピック1大会でプレーしている。
セルヒオ・ラモス

レアル・マドリーとスペイン代表で絶対的なキャプテンとしてキャリアを築いてきたセルヒオ・ラモス。今回行われたEURO2020ではメンバーから外れたものの、すでに167capを獲得しており、歴史上最多出場記録を保有している。
彼のリーダーシップ、攻撃でも守備でも貢献できるオールラウンドな能力、そして大事なところで力を発揮できる勝負強さ。まさにどこのチームにいても中心になるであろう選手だ。
ダビド・ビジャ

彼の時代における最高レベルのストライカーであり、サイドからでも中央からでもゴールを量産することができた。スペイン代表で誰よりも多い59得点を決めているのは伊達ではない。出場数も98を数えるなど長い間中心的な存在であり続けた。
また重要な大会や試合での得点も多く、優勝したEURO2008で4ゴール、ワールドカップ2010で5ゴールとタイトル獲得に大きく貢献した。
カルレス・プジョル

おそらく2000年代では世界最高の「ストッパー」である。信じられないほどの闘争心と献身性を備え、そのリーダーシップや尊敬される人柄は類まれなものだった。
2000年にデビューしたスペイン代表ではちょうど100試合に出場して3ゴールを奪取した。ワールドカップ3大会とEURO2大会に出場し、2度の優勝を果たしている。
イケル・カシージャス

「聖イケル」の愛称で知られているカシージャス。2002年にチャンピオンズリーグ優勝を果たした最年少のゴールキーパーとなり、その後リーガを5回制覇。33歳の段階で153capを獲得し、スペイン代表で最も出場数が多い選手になった。
もちろん彼もEURO2008とワールドカップ2010の優勝を経験した代表チームの守護神を務めている。
アンドレス・イニエスタ

過小評価されているものの、アンドレス・イニエスタはおそらく歴史上最高のセンターハーフであり、最高のウインガーであり、最高のトップ下でもあった。彼はチャンピオンズリーグ、ワールドカップ、EUROのすべてで最優秀選手になったことがある唯一の選手である。
バルセロナで9回のリーグタイトル、4回のチャンピオンズリーグタイトルを獲得。そしてスペイン代表とともにワールドカップ優勝を勝ち取った際、オランダ相手の決勝戦で見事なゴールを決めてみせた。
チャビ・エルナンデス

チャビは長年バルセロナの心臓であると見做されてきた。多くの方にとって最も偉大なスペイン人プレーヤーであるといえる。なぜかといえば、スペイン代表のスタイルのベースがそのときに作られたからだ。
かつてはスピードあるウイングに依存したサッカーが中心だったスペインが、ボールを手放さずにプレーの流れを作り出し、あらゆるものをコントロールするようになった。それが黄金時代を作り出し、現代のサッカーを変えた。それはまさにチャビ・エルナンデスあってこそのものだった。
