スポーティな走りだけでなく街乗りにも寄与

 パドルシフト。それはステアリング奥の左右に装備される、ダウンシフト、アップシフトを操作するスイッチである。F1マシンに採用され、スポーツカーの採用例が多いことから、スポーティに走るための機能……と思いがちだが、じつはそうでもない。

 とくにパドルシフトの「−」スイッチを引くことで、”ステアリングから手を放さずに”行える自動シフトダウンによる減速操作は、下手にブレーキを踏むよりずっとスムースかつ自然な減速、スピードコントロールが可能となる。後席に小さな子供やペットが乗っているときなど、その効果は絶大。たとえば、首都高速道路などを流している際、前車との距離が詰まった時、パドル操作でスムースに減速し、距離を保つことができるというわけだ。

 もちろん、山道走行などでシフトダウンし、より強い駆動力を発揮したい時にも有効なのはもちろんだが、日常的にもスムースな運転に直結する機能といっていい。

 また、自動車メーカーの開発者も語るように、機械的にブレーキを作動させずに減速=ブレーキングが行えるため、ブレーキパッド、ブレーキローター、さらにはタイヤの摩耗まで抑制する効果があるのだから、経済的な走行、維持が可能になる機能でもあるのだ。実際、ボクのクルマにはパドルシフトが付いているが、6年目の今でも、パドルシフトによる減速、ACCによる減速を行う機会が多いため、ドイツ車ゆえやわらかいブレーキパッド、ローターのダメージは最小限。交換なしに今に至っているほどだ。

 そんな、走りの楽しさにも、スムースな走りにも、経済的なクルマ生活のためにも役立つパドルシフトだが、軽自動車のターボモデルにさえ付いている時代に、しかし高級高額車でも付いていないケースがある。

 たとえば、トヨタのフラッグシップミニバンであり、300馬力オーバーの3.5リッターV6エンジンを揃えるアルファード、ダイナミックトルクベクタリングコントロールによって、オフロードの走破性の高さはもちろん、オンロードで曲がりに曲がるスポーティな走りさえ可能なRAV4アドベンチャーグレード、コンパクトカーながらスポーティなキャラクターが好評のトヨタ・ヤリスなどにも付いていない。

 輸入車でも、ターボ&スーパーチャージャー+モーターによってシステム出力405馬力を誇るボルボV60 T8 Twin Engine AWDにも、というか、ボルボ車にパドルシフトは採用されていない。

ヤリスは日本仕様にのみパドルシフトを用意しない

 ではなぜ、そうしたクルマにパドルシフトが装備されないのか? 自動車メーカーに話を聞くと、「それはニーズが大きい」とのこと。アルファードのような高級ミニバンのドライバー(ショーファー)にとって、パドルを操作してスポーティに走るシーンなどめったになく、どうしてもスムースに減速、加速したければ、シフター(シフトレバー)のマニュアルモードが用意されていますよ、ということだ。

 ニーズという意味で分かりやすいのが、ヤリス。じつはパドルシフトが用意されていないのは日本仕様だけ。たとえば欧州仕様では、しっかりパドルシフトが装備されているのである。

 これこそニーズで、CVTにまだ馴染みのない、MTを好む欧州のユーザーにより自身で操っている感覚を持たせるとともに、CVT独特のラバーバンドフィールを感じさせない、メリハリある走りを楽しんでもらいという、仕向け地のニーズに対応する回答が、パドルシフトの装備というわけだ。構成部品はパドルスイッチ、ワイヤーハーネス、そして制御システムとシンプルで、原価はごく安価(数千円!?)。それでもニーズのない国向けには、ほかの部分にお金をかけたほうがよい……という考え方なのである。

 ボルボの場合は、やはりジェントルなドライバーに愛され、安全第一のメーカーゆえに、スポーティ志向と受け取られかねないパドルシフトに消極的なのも、頷けるというものだ。

 ちなみに、パドルシフトによる減速効果は、アクセルオフで回生を発生させ、減速機能が働くHVなどの電動車よりも、一般的なガソリン車のほうが効果大と言われている。

 とはいえ、個人的には、パドルシフトのないクルマは愛車候補の対象外。繰り返すが、スムースな減速、スピードコントロール性が得られるということは、わが家のように愛犬を後席に乗せる機会が多い使い方にはうってつけ(赤ちゃんを乗せる場合も)。ブレーキパッド、ローター、タイヤの減りが少なくて済んでいる経済性にかかわるメリットと合わせ、スポーティーな運転をしないユーザーにも、ぜひともお薦めしたいクルマの装備、機能なのである。もちろん、AT、CVT、デュアルクラッチミッションのクルマでも、よりメリハリある、クルマを操作している感覚が得られるファンな走りが可能になり、たとえSUVやミニバンだろうと、大きなメリットになりうると思っている。