先頃、スポーツのデータ分析で知られるOptaが、公式ツイッター(@OptaJoe)上で、ワールドカップに関する”ある記録”についてつぶやいたことで話題となった。

 英語で記されたそのツイートは、日本語に訳すと、次のようなものだ。

<アルゼンチンのアリエル・オルテガは、日本から12回のファールを受けた。これは、1試合の記録としてはワールドカップ史上最多である。山口素弘と中西永輔のふたりは4回ずつファールしている。>


1998年フランスW杯の日本vsアルゼンチン。1試合におけるW杯史上最多ファールを受けたオルテガ(中央)

 限られた文字数ゆえ、詳しくは説明していないが、ワールドカップでアルゼンチンと日本が対戦したのは、日本が初出場した1998年フランス大会での一度だけ。このツイートが指摘している試合が、同大会のグループリーグ第1戦、日本対アルゼンチンであることは間違いない。

 すなわち、日本の記念すべきワールドカップ初戦で、ワールドカップ史上最多のファール記録が生まれていたということになる。日本のメディアもこのツイートを引用し、22年の時を経て発覚した意外な事実を報じることとなった。

 とはいえ、かのアルゼンチン戦に懐かしさこそあれ、日本が手も足も出ずにファールを連発したとか、ラフな試合だったというような悪い記憶はない。

 結果的に実力差を見せつけられはしたが、強豪相手によく戦った試合――。悲願のワールドカップ初出場を遂げた歴史的大会の、しかも初戦とあって、記憶に多少のバイアスはかかっているにしても、それが率直な印象だ。

 それにしても、ひとりの選手に対して12回ものファールとは、現在の常識に照らせば、そうは簡単に起こりえない数である。そこで、この試合を当時のビデオ(NHKの中継映像)で見直し、あらためて試合内容を検証してみた。

 オルテガが受けた全ファールは、映像で確認する限り、以下の通りである。

6分:敵陣右サイドで相馬直樹が体を当てる。

7分:敵陣右サイドで相馬が後ろから体を当てる。

15分:ピッチ中央で山口が体を入れてドリブルを止める(Optaのツイートに貼り付けられていた写真はこのシーンだ)。

37分:自陣左サイドで名良橋晃が後ろから体を当てる。

46分:敵陣右サイドで山口が後ろから足をかける。

47分:ハーフウェーライン付近での浮き球の競り合いで山口が体を押さえる。

48分:敵陣右サイド深くで中西が後ろから押し倒す。

68分:敵陣左サイドから中央へのカットインで中西が足をかける。

69分:敵陣左サイドで名良橋が後ろから足をかける。

75分:ハーフウェーライン付近で中西が後ろから押し倒す。

85分:センターサークル内で山口が押し倒す。

87分:敵陣右サイドで中西が足をかける。

 数えてみると、確かにオルテガは12回のファールを受けている。加えて、オルテガがファールを受けながらも、レフリーが流した(アルゼンチンの攻撃が続いていた)ケースも、映像で確認できただけで3回はあった(そのうちのひとつでは、井原正巳が激しく体をぶつけ、イエローカードを受けている)ので、本来的には12回よりも多いのだろう。

 個人別でも、Optaが指摘している通り、山口と中西が最多で4回ずつ。レフリーが流したケースもそれぞれに1回ずつあり、いずれにせよ、ふたりがトップタイであることは確かだ。

 とくに中西は、オルテガとのマッチアップが目立ち、ファールの有無にかかわらず、両者がもつれる場面は多かった。互いに再三やり合った結果、中西もオルテガからふたつのファールを受けている。

 ちなみに、この試合の主審は、オランダのマリオ・ファンデルエンデ。不思議と日本戦に縁があり、前年のアジア最終予選カザフスタン戦(国立/5○1)でも笛を吹いている。

 しかしながら、確かに日本のファールは多いものの、日本が押されまくった挙句にやむなくファールを連発、というような試合ではなかった。

 オルテガが受けた12回のファールのなかで、日本から見て最も危うかったのは68分のシーン。中西はオルテガのドリブルに完全に振り切られており、やむなく後方から遅れて足を伸ばすしかなかった(イエローカードも受けている)。

 だが、言い換えれば、それ以外のほとんどは完全に体を寄せた状態で競り合ったり、少しだけ足が触れたり、といった細かなファール。オルテガの省エネ目的の演技にしてやられた感は否めない。

 また、当時ちょうど、レフリーの判定基準が後方からのファールに厳しくなったことも、少なからず影響していたのだろう。日本はこの試合、チーム全体で実に34回(驚くべき数だが、アルゼンチンにしても優に20回は超えている)のファールを記録しているが、現在の基準で言えば、おそらくこれほどの数になることはなかったはずだ。

 むしろ日本は、オルテガに前を向かせないことをかなり徹底しており(その結果、後ろからのファールが多くなった)、うまく抑え込んでいた試合である。ワールドカップ史上最多のファール数を記録したと聞くと、何となく不名誉な感じがしてしまうが、決して恥ずべき内容ではなかったことは言うまでもない。

 さて、久しぶりに懐かしい試合に触れてみて印象的だったのは、ファールの数もさることながら、現在との試合展開の違いである。

 簡単に言えば、とにかく緩いのだ。

 全体が間延びして広大なスペースがあり、ボールは両チームの間を行ったり来たり。アルゼンチンの名手ファン・ベロンにしても、スルーパス狙いのプレースタイルは怖さに欠け、今となってはどうにも古い。

 それだけに、日本もやり方次第では勝てそうな試合なのにと、見ていて焦(じ)れったくなってしまうのだが、残念ながら、当時の日本選手には(技術も判断も)ミスが多く、相手のスキをつけるほどのしたたかさはなかった。

 また、22年前のビデオを見直して、ある意味で新鮮だったのは、当時の実況である。Jリーグ誕生からすでに5年が経過していたとはいえ、まだまだサッカー人気が黎明期にあったことを実感させる。

 オフサイドのルール説明が何度も行なわれるのはいかにもだが、たえば、FKには直接と間接があるとか、3−5−2などのシステムはGKを含めず、後ろ(DF)から前(FW)へ順に数字で表すとか、今となっては極めて基本的な説明が、ワールドカップの試合実況という場で行なわれているのだ。若かりし日の松木安太郎氏も、至って普通に解説していた。

 ワールドカップに出場することの価値が現在とは比べ物にならないほど高く、日本中が熱に浮かされていた時代の話である。