地上波未公開シーンを含めた完全版「しくじり先生 俺みたいになるな!!」が、AbemaTV(アべマTV)で放送された。

 番組には“担任役”としてオードリーの若林正恭、“生徒役”として平成ノブシコブシの吉村崇、ハライチの澤部佑、女優の岡本夏美、モデルの中野恵那、お笑いコンビの霜降り明星が出演。今回は「キャパオーバーで飛んじゃった先生」として、キングコング梶原雄太が登場した。

 1999年に西野亮廣とキングコングを結成し、「しゃかりき頑張ります」の挨拶で漫才を始めるスタイルで、デビュー1年目から超売れっ子芸人となった梶原。

 2年目には人気バラエティ番組「はねるのトびら」レギュラーとして活躍していたが、あまりの過密スケジュールと「収録中はずっとスベり続けていた」という苦しさから、身体が震え出すという状態にまで追い込まれていた。

 そんな状況でもレギュラーは一気に8本増え、梶原の負担は増していく。中でも、お笑い番組「コント1000本ノック」は、隔週で毎回新ネタを20本考えなくてはならない大変な番組で、いつもは相方・西野がネタを考えているが、このときはお互い10本ずつ考えていた。

 しかし、ある日の収録前、梶原は6本しかネタを作れず、追い込まれた結果、出番直前になってトイレに隠れるという行動に。しかし、出番1分前に西野に見つかり、「出てこい!」とドアを叩かれ、結局ネタが足りないまま出演。

 このような現実逃避は、人が限界を感じたときに取ってしまう行動の1つだといい、防ぐためには「キャパを超える前に相談する」ことが大切だという。梶原は当時「一切相談していなかった」と反省した。

 そして「トイレに隠れる事件」の後、梶原は西野に「芸人をやめたい」と宣言。これを聞いた西野は「しんどかったら全部俺がやったるやん」と答え、その後も梶原を鼓舞し続けた。同じスケジュールをこなしてるにも関わらず、相方を支えようとする西野にスタジオは「かっこいい」「なんでこの人ずっと平気なの?」と絶賛。

 西野から励まされ続けて5時間経ち、梶原は勇気づけられたかと思いきや、逆に感情がなくなった「無」の状態になってしまった。何も感じなくなってしまうのは身体が壊れる寸前だといい、こうなったときは「目の前のやるべきことから距離を置く」ことが大切だと述べた。

 そして1年後、とうとう限界を超えた梶原は、ある大阪での仕事帰りに「頭がパーン」となり、目的地とは真逆の方向へ歩いて行き、そのまま消息不明に。2003年2月、梶原が22歳のときに芸能界から失踪した。
 梶原は自身のしくじりのまとめとして「しゃかりき頑張るな!」とキングコングの挨拶にかけて、世の中の頑張りすぎている人へ向けてメッセージを送った。