各地のこだわりの書店を訪ねる連載「本屋は生きている」。今回は兵庫の「たびたび書店」へ。出版社勤務、教員、介護スタッフと多様な職業を経験した店主が開いたお店。旅や社会が見える本、ケアの本……。本と飲み物を介して会話が生まれる場になっています。(文・写真:朴順梨)

 担当編集・よっしーがいなくなった。これで2度目だが、前回と大きく違うのは期限付きではなく、本当に移動(異動ではない)してしまったのだ。

 担当が変わると連絡があったのは、神戸に向かって移動している時のこと。神戸行きの目的は2つ、かつて愛したタンタンはじめ、王子動物園で暮らしたジャイアントパンダを称える記念石碑を見ること、もうひとつは、たびたび書店を訪ねることだ。

 王子動物園にはレストランがないので、昼食は大抵、近くの水道筋商店街で済ませている。昔ながらのアーケードにスーパーや喫茶店などが並んでいるが、虹の橋を渡ったタンタンの命日に合わせ追悼イベントをしていたこともあり、よそ者ながらどこか身近に感じていた。この商店街に2025年5月1日、本屋がオープンしたのを知ったのはいつのことだったか。以来ずっと、機会があれば行ってみたいと思っていたのだ。

店主の河田真さん。

 ガラス張りのドアを開けると、店主の河田真さんと、「よく立ち寄る」という池田さんがイスに座り、カウンター越しに向かい合って話していた。5坪の店内に新刊と古本合わせて約3500冊の在庫を並べつつ、カウンターは会計だけでなく喫茶&バースペースになっている。ここで池田さんはコーヒーを飲みながら、河田さんとおしゃべりするのがルーティンのようだ。オープンしてちょうど1年が経つが、今日までどんな日々を過ごしてきたのだろう? 河田さんにそう聞くとしばしの沈黙のち、「エピソードは山のようにあります」と語り始めた。

「たびたび書店を覗く時、たびたび書店もまたこちらを覗いているのだ」と言いたくなるほどクリアなガラスの入口。

岡山の出版社で13年働き、大学時代を過ごした神戸に戻る

 大阪府富田林市で生まれ育った河田さんは、大学進学のため18歳で神戸にやってきた。子供の頃は南海電鉄の金剛駅前にあった水嶋書房に1日おきに通っていたが、中学生になった頃には、堺市まで遠征するようになった。

「今まだあるかどうかはわかりませんが、わんだ〜らんどというマンガ専門書店が堺市内にあったんです。サブカル系も多い品揃えだったし、店が発行していたフリーペーパーの『わんだ〜らんど新聞』には新刊情報だけではなく、売り上げも掲載されていて、それが面白くて。当時の自分は少年ジャンプ系の中学生の王道ではなく、萩尾望都や高橋留美子、成田美名子などの作品をよく読んでいました。少女マンガが好きだったというより、ストーリー性あふれる、読み応えのある作品が好きだったんですよね」

 だからといってマンガを描いてみる方向には進まず、将来なりたいものも、とくになかった。大学には通おうと決めていたので、「つぶしが効きそう」という理由で神戸大学の法学部に進学した。入学後は子供たちを対象としたボランティア活動を4年間続け、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に就職。岡山本社で教育関係書籍の編集を、13年間つとめた。

「当時出張が多くて、47都道府県のうち青森と岩手を除いたすべての県に行きました。休暇を活かして、年に3回は海外にも行っていて。これまでに40か国を巡りました。旅のお供に沢木耕太郎や下川裕治のエッセイをはじめ、旅行記を色々と読んでいましたね」

 そんな中でも、小林紀晴の『ASIAN JAPANESE』(情報センター出版局)との出会いは忘れられないものとなった。アジア各地にいる日本のバックパッカーがなぜそこにいるのかを、写真と文章で追うノンフィクションだ。1995年の発売当時、私の周囲でも大いに話題になり、何人ものアジアン・ジャパニーズバックパッカーを生んだのを覚えている。

「インドや東南アジアに行くことも多かったので、大いに親近感を抱いたんです。登場する人たちと同じ目線、同じフィルター越しに世界を見ている気持ちになれる本でした」

 

今あるのは古本ながら、『ASIAN JAPANESE』の在庫は切らしていない。

 当時はインターネット黎明期で、SNSも翻訳アプリもない時代。ゲストハウスで持ち寄った本を交換したり、懸命にコミュニケーションを取ったりすることが、河田さんの楽しみでもあった。しかし13年の間に神戸在住のパートナーと結婚し、子供も生まれた。岡山と神戸の行き来を続けるより、神戸に根付きたい。そう思うようになった河田さんは、「神戸市の教員になれば転勤がないし、大学時代の友人から『教員は非正規でも待遇面に違いはないし、採用先も多い』と聞いた」ことから、文部科学省の教員資格認定試験で教員免許を取得し、市内小学校の教員になった。

「担任などをしていましたが、仕事が時間内では到底終わらず、家に持ち帰って教材研究をしたり、ノートを見たりする生活に疲れ果ててしまって。18年間教員をしていたのですが、徐々にワークライフ・バランスが崩れてしまったので、また別の仕事を考えるようになりました」

55歳で組織を離れて、書店を始めることを決意

 ハローワークに行くと介護士の仕事を紹介され、ちょうど両親が高齢になり介護のノウハウを身に付けたいと思っていたので、渡りに船とばかりにデイサービスの職員となった。

「通所者の皆さんの入浴を介助したり、一緒に麻雀をしたりしていました。介護士になって3か月目にはほぼ仕事を覚えたし、ちょっと失敗しても優しく見守ってくださるので、楽しく気楽に働ける環境でした」

 そんな日々を2年続けた河田さんは、再び組織を離れた。

「いよいよ本屋を始めようと思ったんです。『ASIAN JAPANESE』に影響された20代の頃から、いつか会社から離れようと思っていたけれど、資金をどうするのかという問題もありまして。子供も大学生と高校生になって週末家を空けられるようになったし、両親に何かあった際に会社にいると、すぐに対応できないことも多い。それに自分で自分の仕事を作るほうが楽しいと思ったので、55歳で独立しました。55歳で何か始める人って、実は結構多いんですよ」

基本的に入口から見て左側の本棚が古本、右側と中央に新刊があるが、右側にはアルコールもズラリ。

 編集の仕事をしていたとはいえ、『進研ゼミ』シリーズは直接自宅に届くシステムなので、書籍の流通についての知識はなかった。そこで物件探しと並行してシェア型書店の棚を借りたり、あちこちの書店イベントに参加したり、『本屋ロカンタン』や『MoMoBooks』、『旅の本屋のまど』『機械書房』など、この連載でもおなじみの店やまだ未踏の店など、東西の本屋巡りをしてイメージ作り&情報収集につとめた。そんな折、水道筋商店街のど真ん中にある、レザークラフト雑貨を扱っていた5坪の店舗が空いたと連絡があった。

「水道筋商店街は地元だし、最盛期は何軒もあった本屋が、いつの間にかなくなってしまっていて。ガラス張りで外からも内からもよく見渡せるし、そのガラスが東向きなので本が日焼けすることもない。ギャラリーを併設したかったので10坪程度の広さを希望していましたが、本屋巡りをするうちに『そこまでの広さがなくても大丈夫だ』と思うようになりました」

 シンクのみ建設業者に依頼したものの、本棚やテーブルカウンターは息子と2人でDIYしたり、コーナンで仕入れたりと極力お金をかけずに約4か月で内装を作り上げた。旅や社会が見える本をメインに、ケアなどの本も置くようにした。

「いざ始めてみると、本に詳しいお客様が何人も来てくださって。自分ひとりではどうしても幅が狭くなるから、選書の会イベントをして本を選んでいただいています。皆さん得意分野が違うけれど、たびたび書店のことをよくわかっていてくださるので、ハズレがないんですよね」

 店に入って左側を見ると古本があり、右側と中央に新刊が置かれている。左側のカウンターにほど近い場所は棚貸しスペース、右側のカウンター内も古本のストックを置いているが、古本は基本的に家にあるものや、棚にある本と同じテイストを醸すものを仕入れている。取次の関係で雑誌は置いていないものの、関西の食がテーマの『あまから手帖』と、関西の情報誌を手掛ける京阪神エルマガジン社の雑誌は、特集をチェックして例外的に並べている。

 

やっぱり地元・神戸の本は欠かせない。

 そんな話をしながら、ふと天井から吊り下げられたバスケットに目をやる。ポテトチップスのミニサイズに加えて、カップラーメンが2つ入っている。これって売り物なのだろうか?

「まだ売れたことはないのですが、一応アルコールのつまみとして置いています。値段は時価です(笑)」

 

お湯の提供はあるそうなので、本屋でカップラーメンを注文する猛者よ来たれ。

 17時からはビールをはじめ焼酎やウイスキーなど、アルコール類の販売がスタートする。少しは利益率を上げようとの目論見はあるけれど、それよりアルコールを置くことで人が集まり、会話が生まれるからだと河田さんは言う。これまでビールが飲める本屋には出会ってきたが、アルコールの種類が豊富で、つい手が伸びそうになってしまった。

 池田さんも17時を待っていたかのように缶ビールを開け、ぐびりと飲み始めた。河田さんに「三宮近辺でおいしいラーメン屋は?」と質問すると、どんなラーメンが好きかと聞き、池田さんの好みを把握したうえで「それならこの店」と答えていた。ラーメンも選書も、同じプロセスを踏むようだ。

 2人の会話を脇で聞いていると、やっぱり「よく歩く道にたびたび書店がある」という、巽さんが訪れた。諸星大二郎と萩尾望都が好きな巽さんにとって、河田さんのセレクトはかなりツボのようだ。

常連の巽さん(手前)と池田さん。掲載OKありがとうございます!

「いつオープンするかずっと待ち構えていたし、ここに来ると、本の背表紙を眺めながら飲めるのが楽しくて」

 ああっわかります! 大量の活字を目で追いながらの一献って、実は至福なんですよね。

 こうして1人、また1人と足を止める場所がある水道筋商店街のことを、私もさらに好きになった。タンタンもよっしーも目の前から去ったけれど、生まれた縁はこれからもきっとずっと続く。この日は予定があって飲めなかったけれど、「アルコールをたしなむなら、夜8時以降に来ると良い」と聞いたので、次回は日が暮れてから訪ねたい。

河田さんが選ぶ、旅にたびたび持っていきたくなる3冊

●『オリエンド鈍行殺人事件』藤崎翔(ハーパーBOOKS+)
帯には、「笑いと殺意とどんでん返しの傑作短編集」とある。まさにその通り。伏線の張り方も展開もお見事で、予想もしない方向へ物語が転がっていく。そのたびに「そう来たか」と唸らされる。旅の隙間に読むつもりが、一気読みかも。

●『逃亡くそたわけ』絲山秋子(講談社)
精神病院を脱走した二人のロードノベル、というか青春逃避行。「あたし」は幻聴に悩まされながら、なごやんと共に九州をレトロな車で走る。飛び交う方言の響きが、なんとも心地よい。窓の外の景色を眺めながら読みたくなる。

●『26歳計画』椋本湧也(いい風)
沢木耕太郎さんが『深夜特急』の旅に出たのが26歳。この本は、48人の26歳の想いが、旅と重ねながら綴られている。語りはマラケシュ中央駅から始まる。私も20代の後半、その場所に立っていた。この本は、旅先でふと人生に対して考えたときに、そっと寄り添ってくれる。

アクセス