問「ブドウの品種、いくつ言える?」 なんと、研究者ですら、全種類はわかっていない「驚きの理由」

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一滴の雫に満たされている、数千年にわたる叡智……。

もはや国民的な飲み物の一つとなったワイン。近年、日本産ワインも急成長していることはご存知の方も多いと思いますが、さらに注目を集め始めているビオワイン、オレンジワインはご存知でしょうか。

ワインは、単なる嗜好品にとどまらず、人類が長い時間をかけて磨き上げてきた文化の産物として多くの人々を魅了し続けています。しかし、グラス一杯の背後には、ブドウ樹の生理、発酵微生物の働き、 果汁やワインに含まれる化合物の化学反応、といった、さまざまな科学的要素が複雑に絡み合っています。

ワインの原料となるブドウの最新の栽培技術、醸造技術から、おいしさ、香り、健康効果はもちろん、温暖化によるブドウ栽培の変化など、ワインの魅力を科学の言葉で説明した『最新 ワインの科学』(講談社・ブルーバックス)。本記事シリーズでは、この書から、興味深いトピックを選りすぐってご紹介していきます。

今回は、ワインの味を決めるブドウについて。新品種が、どのようなプロセスを経て誕生するのか、現在のブドウ研究の最前線について、詳しく見ていきます。

*本記事は、『最新 ワインの科学 芳醇な香りと味わいはどのように生まれるのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

誰も知らない、正確なブドウの品種数

ブドウの品種は、ワイン用、生食用、レーズンなどの加工用品種などをすべて合わせると8000〜1万種にも上るといわれています。しかし、同じ品種が異なる名前で呼ばれる現象「同物異名(シノニム)」が存在します。

品種が各地に伝播する過程で、現地の言語に適応し、読み方や綴りが自然に変容したこと、各地域の人々がその土地に古くから自生していたブドウに独自の名前を付与したことなどにより、同物異名が生まれました。

例えば、世界中で知られるピノ・グリは、フランスのアルザス地方ではトカイ・ダルザス、イタリアではピノ・グリージョ、ドイツではルーレンダーやグラウブルグンダーと呼ばれます。同様に、ピノ・ノワールもドイツではシュペート・ブルグンダーとして親しまれています。

クロアチア原産のプリミティーヴォは、現在イタリア南部のプーリア州で最も重要な赤ワイン品種のひとつとして広く栽培されています。19世紀初頭にアメリカ・カリフォルニア州に導入された際、この品種は「ジンファンデル」という名称で知られるようになり、カリフォルニアワインの代表的品種として定着しました。

現在もブドウ研究者たちは遺伝子解析などを用いて同物異名の鑑定を行っていますが、世界にどれだけの品種があるのか正確に知っている人は現時点で誰もいません。

それでは、新しい品種はどのようにして生まれてくるのでしょうか?

自然が生み出した新品種たち

ブドウは永年作物のため、現在は実生(種子から生長したもの)を栽培することはありません。ただし、過去においては、品種間の自然交配(他の品種の花粉を受粉して受精すること)で得られた実生から誕生した品種はいくつかあります。赤ワイン品種の東の横綱と評されるカベルネ・ソーヴィニヨンや、白ワインの女王シャルドネなどは自然交配の賜物です。

遺伝情報の変化を伴う自然突然変異によっても新しい品種が誕生しています。自然環境下で起こる「枝変わり(芽条変異)」はブドウの新品種誕生に大きく貢献しています。

枝変わりとは、ある枝の生長点において突然変異が生じ、その枝の遺伝形質が本来の遺伝形質とは異なる現象のことを指します。枝変わりは、自然界の植物で比較的頻繁に見られる現象です。生長点で突然変異が起こる主な原因には、細胞分裂時に起きるDNA複製エラーや、紫外線などの外的要因による遺伝子の損傷が挙げられます。

枝変わりによって生じた形質の変化は、その枝を挿し木や接ぎ木などの栄養繁殖で増やすことで、新たな品種として固定・育成することができます。

例えば、果皮色が緑色のピノ・ブラン、ピンク色のピノ・グリは、黒色のピノ・ノワールの枝変わり品種です。フランスの苗木業者アルベール・セイベル氏によって開発されたセイベル13053の枝変わりを日本で選抜して誕生したのが清見です。北海道余市町を中心に生産が盛んな清見は、セイベル13053の耐寒性を受け継ぎながらより大粒で糖度の高い果実をつけます。

新しいブドウ品種は、自然の驚くべき創造性と人間の巧みな選抜によって生み出されてきました。自然交配や自然突然変異は、長い年月をかけて多様な特性をもつ品種を生み出す原動力となり、さらに次で述べる人為的な育種技術が品種の多様性を加速させました。

匠の技が生み出した新品種たち

自然交配を模倣し、人の介入により人為的に交配することを人工交配といいます。ブドウの人工交配の方法を簡単に説明します(図「ブドウの人工交配における作業工程」)。

雄しべを除去した母親の花の雌しべに授粉します。この作業は開花2〜3日前、自家交配する前に丁寧に行います。父親となる品種から花粉を採取し、雄しべ除去した母親の花の雌しべに授粉します。袋がけを行い他の花粉による受粉を防止します。収穫時期を少し過ぎたくらいまで成熟させ種子を採取し、実生を育てていきます。

人工交配で誕生したワイン用ブドウとして、例えば、フランス原産のマルセランは、カベルネ・ソーヴィニヨンとグルナッシュの、南アフリカ原産のピノタージュはピノ・ノワールとサンソーの人工交配により誕生しました。先に紹介したマスカット・ベーリーAやヤマ・ソービニオンも人工交配から誕生しています。

近年、農薬使用量の大幅な削減を目標に掲げるフランスでは、うどんこ病やべと病に高い抵抗性をもつ品種を人工交配によって作り出し、ワイン原料としての実用化を目指しています。

果樹の品種改良では、自然突然変異を模倣した人為的突然変異がしばしば用いられています。例えば、筆者が子供の頃によく食べていたナシは二十世紀という品種でしたが、ナシ黒斑病に非常に弱く栽培に手間がかかる品種でした。

そこで、ガンマ線を照射することで遺伝情報の変化を誘発し誕生したのが、二十世紀の甘さやジューシーさはそのままに、ナシ黒斑病に強い抵抗性を示すゴールド二十世紀です。

人為的突然変異は果樹の品種改良に非常に有効ですが、ブドウではあまり例がありません。メキシコやインドで生食用として栽培されているパーレットにエックス線を照射して誕生したニュー・パーレット(パーレット・ルーズ)は、果粒同士が密着しないでばらけている「バラ房」になることで裂果や病害に強くなっています。

ワイン用ブドウでは研究事例はあるものの、実用化された例はありません。筆者の研究グループでも甲州にガンマ線を照射し、小粒の果実を付ける甲州変異体の作出を目指していますが、道はまだまだ遠いのが実情です。

人為的突然変異は、どの遺伝情報が改変されるのか、まったくわかりません。形態的特徴や病害抵抗性など、目的とする特徴が人為的突然変異で賦与されるのか否かはまったくの運でしかないのです。その点、父親、母親の特徴やそれを担う遺伝子を受け継がせる人工交配の方が新品種を生み出しやすいといえます。

遺伝子組換え技術が変える農業、変わらないブドウ

1982年に世界で初めて遺伝子組換え植物が作出されてから、ダイズやワタ、トウモロコシなど多くの遺伝子組換え農作物が世界で普及しています。

遺伝子組換え技術とは、ある生物から特定の遺伝子を取り出し、それを別の生物(この場合は農作物)に導入する技術です。例えば、害虫に対して殺虫効果をもつ細菌由来のタンパク質の遺伝子をダイズやトウモロコシに組み込むことで、害虫に強い作物を開発することができます。

一方で、この技術では、本来その農作物が自然界ではもち得ない外来の遺伝子を導入するため、遺伝子組換え農作物に対して抵抗感を抱く人も少なくありません。日本では遺伝子組換え農作物に対する抵抗感が根強く、普及はほとんど進んでいません。

サントリー株式会社が遺伝子組換え技術を駆使して開発した青いバラ「アプローズ」は、国内における数少ない商業化の成功事例のひとつとして知られています。

ブドウでも、遺伝子組換え技術を利用して病害抵抗性や環境耐性の強化、果実品質や生産性の向上に向けた研究例は数多くあります。しかし、商業的に栽培されている遺伝子組換えブドウは2026年2月現在存在しません。

主な理由として、ブドウ栽培家やワインの造り手、消費者が遺伝子組換えブドウに対し安全性などの懸念をもっていること、市場に出すまでには厳しい規制があること、多くのワイン生産国がもつワイン法では遺伝子組換えブドウは認められていないこと、そして先に述べた従来の品種改良法によって十分に市場のニーズを満たせていること、が挙げられます。

ゲノム編集は、ワイン用ブドウを変えるのか?

それでは、ゲノム編集技術はどうでしょうか? ゲノム編集技術とは、特定の遺伝子配列を狙って正確に遺伝子を「編集」する技術です。専用の分子ツールを用いてDNAの特定領域を切断し、そこに変異を加えたり、遺伝子の働きを調整したりすることができます。

例えば、植物が本来もっている病気への抵抗性を高める遺伝子の機能を強化したり、不要な遺伝子の働きを抑制したりすることが可能です。

遺伝子組換え技術では、他の生物由来の遺伝子を導入することで、自然界では本来起こりえない遺伝子の組み合わせをもつ生物が作られます。

一方、ゲノム編集技術は、その生物が本来持っている遺伝情報の範囲内で改変を行う点が特徴であり、人工交配や人為的突然変異の延長線上に位置づけられる技術であると考えられています。

この違いから、ゲノム編集技術によって作られた農作物は、一定の届け出は必要とされるものの、規制面でも遺伝子組換え農作物とは異なる扱いを受けています。

2020年のノーベル化学賞に輝いたクリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)は、2012年に開発されたゲノム編集技術のひとつです。この技術は、従来のゲノム編集技術より扱いやすく、低コストで実験できることに加え、遺伝子組換え技術よりも規制が緩やかなため、農業分野で急速に普及しました。

日本でもゲノム編集農作物がすでに市場に出ています。例えば、ストレス緩和や睡眠の質を向上するギャバ(GABA:γ‐アミノ酪酸)の果実内蓄積量を最大限に高めたゲノム編集トマト「シシリアンルージュ ハイギャバ」の果実や苗がインターネットでも販売されています。

一方、ブドウではゲノム編集技術の研究例はあるものの、遺伝子組換え技術と同様、商業的に栽培されているゲノム編集ブドウは現在存在しません。

ゲノム編集農作物は、日本やアメリカでは、外来遺伝子を挿入しない限り規制されていませんが、欧州では依然として厳しい規制があります。

しかし、「フランス国立農業・食料・環境研究所(INRAE)」でも、農薬使用量の削減を目的に病害に対する抵抗性を強化するゲノム編集が行われていますので、果実やワインの品質の向上とともに、温暖化対策や有機栽培に適した品種づくりにゲノム編集技術が使用される可能性は、遺伝子組換えブドウよりも高いと考えられます。

新品種がどのようなプロセスを経て誕生するのかを見てきましたが、日本にもまた、長年にわたる栽培や品種改良を経て育まれてきた特別な品種があります。次回は、日本ワインの個性と未来を支える産地固有品種について解説します。

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