「細木」の名を聞くだけで怯え、「関係を表に出さないで」と頼み込み…「島倉千代子」が「細木数子」に恐怖したのはなぜか 「助けられたどころか、食い物にされたというのが本音」 【「地獄に堕ちるわよ」が大ヒット】
現在Netflixで配信され、大ヒットしているドラマ「地獄に堕ちるわよ」。かの故・細木数子氏の人生をテーマにしたドラマだが、全9話の中でとりわけ話題を呼んでいるのが、第6〜8話で描かれた歌手の故・島倉千代子との恩讐だ。両者の出会いと別れはドラマの中で詳しく描かれているが、「週刊新潮」では、2013年に島倉が没した際、虚構ではない、その実際の関係を取材している。【前編】では、当時の記事を再録し、細木がどのように島倉と出会い、巨額の借金を整理することになったのかについて描いた。【後編】では、島倉を自らの管理下に置くことによって、細木がどれほどの富を得たのか。そして、島倉は細木の存在をどのように捉えていたのかについて詳述する。ドラマよりドラマチックな「昭和芸能史の闇」に触れてみよう。

【前後編の後編】
(「週刊新潮」2013年11月21日号記事を一部編集の上、再録しました)
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【写真】まるで別人…細木数子、“銀座のクラブママ”時代。“死の直前”に入籍した男性とのツーショットも
稼ぎは日建て800万円
「島倉の債権者を説得したのも、実は堀尾(堀尾昌志=細木の内縁の夫で、暴力団『小金井一家』の総長)です」
と、ヤクザ組織に詳しい事情通が言う。
「“島倉千代子に借金を払わせたくても、今や彼女には金がない。元々この借金は島倉が作ったものではない。島倉が保証したから信用したにせよ、返せと言ってもないものはない。これから先、この借金は私が責任を持って支払うから、とにかく待ってくれ”。そうやって債権者に頭を下げたのですが、ここに島倉の借金をうまいやり方でガードする深謀遠慮があった。債権者への返済を引き延ばす一方で、島倉千代子の興行権を手に入れたのです」
その興行権に、大いなる価値があったという。
「当時の島倉は日建ての稼ぎが800万円。私は松尾和子を扱ったことがあったが、半分の400万円。島倉の稼ぎは破格だった。細木はミュージックオフィスを作り、島倉のマネージャー兼プロダクション代表を務めたのだが、島倉が稼ぎまくる金を、借金の返済に積極的に回したという話を聞かないのは、どういうことだろうか」(同)
島倉の愚痴
当時、細木は毎月500万円を返済に充て、50万円を月給として島倉に支払っていた、と語っている。日建ての稼ぎがそれだけあるなら、月に数公演もこなせば、中間マージンを差し引いても、借金は数カ月で返せてしまう計算になるが、ジャーナリストの溝口敦氏は、
「細木は島倉の興行権を取り上げ、いわば鵜飼の鵜としてカネを運ばせた。約3年間囲い込んだから、億単位のカネを自分の懐に入れたのではないか」
と見る。島倉の負債総額についても、細木は2億円超から16億円まで、発言のたびに金額を変えているし、債権者に納得させたという返済額も、1億5000万円から6億円まで幅がある。
「島倉をただ働きさせるために細木がウソの金額を言ったのだ、と指摘する関係者はいましたね」
と溝口氏は言う。細木のことを無二の恩人だと語っていた島倉も、次第にこうこぼすようになったという。
「いくら働いても借金は減らないし、こんなに働いているのに、私には何も残らないのよ」
怯えた表情で…
再び、先の事情通の話。
「細木は島倉の興行権を一手に握ったうえ、事あるごとに口を挟むので、島倉は仕事がやりづらい。ついにコロムビアレコードは島倉と細木らとの関係を断ち切るべきだと考え、細木サイドに“手切れ金”として1億数千万円を支払ったと聞きました。その後、細木は島倉のことを、助けてやったのに黙って出て行った恩知らずと言い放ったが、島倉は細木数子について一切発言していない。助けられるどころか食い物にされていたというのがお千代の本音だろうから、言いたくなかったのだろう」
その後、島倉千代子にインタビューした人、交流を持った人は多いが、誰ひとり細木について聞き出していない。話題に上っても怯えた表情で、公にしないでほしいと頼んできたという。
2005年に刊行された自伝『島倉家 これが私の遺言』でも、細木のことはひと言も触れていない。
島倉が数少ない縁者に看取られて逝ったのは2013年11月8日。親交があった音楽評論家の伊藤強氏が言う。
「細木さんは島倉さんが亡くなっても、まったく表に出てきていませんね。元マネージャーなのに訃報に接して出てこないのは、どうしたことか。やっぱり、どこかで島倉さんを騙していたんだろうな、と思うし、島倉さんも裏切られたという思いがあったのではないでしょうか。ただ、島倉さんは、恨み節のようなことは一切言わなかった。普段から泣き言は言わない人なんです」
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島倉が亡くなった8年後の2021年、細木は83歳で世を去った。奇しくも、命日は同じ、11月8日――。2人の因縁を象徴するような“一致”である。かくも深かった細木との縁は、果たして島倉を幸せにしたのだろうか。
【前編】では、細木がどのように島倉と出会い、巨額の借金を整理することになったのかについて、その経緯を詳述している。
デイリー新潮編集部
