月収10万円のトラック運転手が”まさかの方法”で月収400万円に…29歳で掴み取った「大きなビジネスチャンス」
月収10万円のアルバイト生活から、わずか数年で月収400万円──。
ゆきやさんは、そんな夢物語を実現した“動画”クリエイターだ。
彼の主戦場は、クリエイターが月額制のファンクラブ運営やコンテンツ販売ができるプラットフォーム「myfans」(マイファンズ)だ。実質、個人が制作した“同人動画”が流通する主要な場となっており、制作会社と事務所が契約、流通などを管理する従来の”適正作品“に対し、近年急速に市場を拡大させている。
ゆきやさんがこの成長市場で成功を収めた裏には、意外にも堅実な判断と、リスクを見据えた戦略があった。成功の軌跡と投資哲学に迫る。
給付金詐欺、窃盗幇助で懲役3年
「今の月収は少ない時でも400万円」と語る動画クリエイターのゆきやさん。いかにして成功を収めたのか尋ねると「運が良かっただけです。20代の頃は悪いことしかしていませんでした」と苦笑した。
「高校を卒業してからはスカウトの仕事をしていました。水商売の仕事の斡旋です。20歳で上京してからは、ボーイをしたり、無料案内所で働いたりしていましたが、25歳の時に地元に帰ることにしたんです。
ただ、帰って早々、悪いことをしのぎにしている友人となんとなく付き合い始めてしまって……。最初に僕が加担したのは給付金詐欺。コロナ禍の給付金制度を悪用して、不正にお金を受け取りました。でもすぐに捕まって、懲役2年、執行猶予3年を言い渡されました」
だが、そのわずか半年後、ゆきやさんは再び警察のお世話になってしまう。
昼はトラック運転手だったが…
「ある時、悪い友達に『車を出して欲しい』と頼まれたんです。ガールズバーから自宅まで送って行くだけで、100万円くれるという話で。ただ、当日迎えに行ったその店から700万円を盗んできたみたいなんですよ。僕も僕で、普通にそれをもらっちゃって。
当たり前ですけど、すぐに実行犯の友達は捕まり、僕も共犯者として逮捕されました。その後の刑務所での3年間がなかったらきっと今も悪いことから足を洗えなかったと思うので……いいきっかけだったかなと思っています」
ただ、出所後のゆきやさんは奇妙な二重生活を送り始める。
昼は大手運送会社の下請けでトラック運転手として働く傍ら、夜の暇な時間を“凸撃(皆まで言わないが、SNSのDMで自身の身体の一部の写真や動画を送る行為)”に費やしていたのだ。
「刑務所に入る前からの趣味で、可愛い子のSNSアカウントに自分の身体の写真や動画を送っていました。意味ですか?そんなのないない(笑)。単なる悪ふざけですよ。
今はマジでやっている人間が多くなっちゃっていますが、当時は僕ぐらいしかやっていなくて、ネタ扱いだったと思います。そのうち一人の女性が僕とのDMを晒して、それがバズったんです。おかげで僕のフォロワーもすごく増えました」
念のため触れておくが、一方的な画像や動画の送信はいまや明らかな迷惑行為であり、女性は不快に感じる。ゆきやさんが経験したような微笑ましい展開はまずあり得ないので、くれぐれも真似しないでほしい(というか、絶対するな)。
その後、この予想外の注目をきっかけに、ゆきやさんのもとには店からコラボ案件が舞い込むようになったという。
コラボで月収は400万円に
「この界隈での僕の影響力に目をつけてくれたんだと思います。店から『在籍している子と動画を撮って、SNSで拡散してくれませんか?』とオファーがもらえるようになりました。
もちろんすぐにOKしましたよ。こうしたコラボ案件が何件か続くうちに思いついたのが、同人動画の販売だったんです。myfansという動画販売のプラットフォームがあるのを知って、店と女の子に交渉を始めました」
同意を得られた女の子とはきちんと契約書を交わし、早速ゆきやさんは動画の販売を始めた。すると、売り上げは初月から10万円を超えたという。
「好きなことで収入を得られるって最高ですよね。一生これが続けばいいな、と思いました。でも実際のところ月10万円だけでは生活は難しい。運送のバイトと兼業しながら、モデルを探し、スタジオを借り、撮影までこなす。このサイクルを何度も繰り返しました。
myfansで月に20万前後が安定して入ってくるようになったのは、始めてから半年後ぐらいだったかな。そのタイミングでトラック運転手のバイトを辞めて、この仕事1本に絞ったんです」
そして専業に切り替えると、月収は面白いように伸び始め、あっという間に400万円を超えた。ただ、成功の秘訣を聞いても「僕は運が良かっただけ」と謙遜気味だ。
自由を手に入れた
「今だったら絶対こんなに上手くいっていないですね。これは断言できます。最近はSNSのアルゴリズムが変わり、もし前と同じことを僕がしたとしてもたぶんバズっていない。それに、おふざけじゃなくて、本気でやっちゃう人間が増え過ぎて笑えない状況じゃないですか。コラボ依頼自体もこないと思います。
そうなるとかなり資金が必要になるんです。動画を制作するには、スタジオのレンタル代や女の子のギャラが必要になります。動画も販売したからといって全て売れるわけではありません。僕はお店とのコラボを活かして、たまたま初期投資ゼロで収益を出せた。本当にラッキーだったと思います」
そんなゆきやさんに最近の働き方を聞いてみると「そもそも働いている感覚がない」と話す。彼の1ヶ月の暮らしぶりは羨ましい。
「毎月の撮影人数は特に決めていません。撮りたい人がいたらオファーするだけです。もしかしたら月の半分も働いていないかもしれない。ありがたいことに過去の作品が売れ続けているので、かなり自由な働き方ができています」
では、動画クリエイターとしての苦悩はない?そう聞くと、少し考えてから「今はないですね」と笑った。
「以前は動画に出演してくれる相手役の女の子を見つけるのが大変だったんですが、ここ半年はむしろ『私と撮って欲しい』と連絡をくれる子のほうが多いんです。依頼ベースではなくなったので交渉で苦労することがなくなりました。それに女の子のギャラも下がってきている印象です。撮影する僕らは助かりますが、女性側は色々大変なのかもしれませんね」
何者にもなれない苦しみ
ただ、2歳離れた兄のことを考えると、今の状況を手放しでは喜べないという。
「僕が刑務所にいる間に兄貴が自殺したんです。まだ30歳でした。一つの仕事がなかなか続かない性格で、たぶんそういうのがしんどかったんだと思う。男にとってはあるあるだと思うのですが“何者にもなれない”っていう状況がきついっていうのはすごくわかります。
僕も漠然と『30歳までには何者かにならないと』という強迫観念がありましたから。今の仕事で稼げるようになったのは29歳の頃です。もし30歳をすぎていたら挑戦すらできなかったかもしれないし、僕も人生を悲観していたかもしれない。
僕がもっと早く稼いでいたら、兄貴に仕事を手伝ってもらったり、お金を渡して海外旅行に連れて行ったり色々できたと思う。そう考えると悔しいですね」
SNSで注目されたことで人生が変わり、月収400万円という成功を手にした──。その過程において、時代の流れと偶然が大きく作用していたのは確かなのだろう。
ただ、それだけでは説明がつかないのもまた事実だ。ゆきやさんは「運が良かっただけ」と語るが、その裏には、ビジネスチャンスを逃さない嗅覚と、新たな試みを成功に導く実行力があったのは間違いない。
では、成功した彼は現在、莫大な収入をどのように使っているのか?
後編では〈「タワマンに住むと何が得られるんですか?」…月収400万円なのに家賃5.6万円のマンションに住むクリエイター「意外な投資哲学」〉では、その“意外なほど堅実な金銭感覚”に迫る。
【つづきを読む】「タワマンに住むと何が得られるんですか?」…月収400万円なのに家賃5.6万円のマンションに住むクリエイター「意外な投資哲学」
