ミラノ・コルティナ五輪の団体戦と女子シングルで2冠を達成したアリサ・リウ【写真:ロイター】

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鈴木明子氏×小塩靖崇氏「スポーツと心のコンディション」対談・第2回

 2月に開催されたミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケートでは、記憶に残る数々の名シーンが生まれた。日本中が固唾を呑んで見守った氷上の華麗な戦いを、THE ANSWERならではの視点で振り返るスペシャル対談。プロフィギュアスケーターで五輪の中継解説を務めた鈴木明子氏と、東大スポーツ先端科学連携研究機構特任講師でスポーツ界のメンタルヘルスに詳しい小塩靖崇氏が、選手たちの“心の中”に迫る。

 五輪の団体戦と女子シングルで2冠を達成したアリサ・リウ(米国)は、日本勢との名勝負を経て、一躍、国内でもスター的人気を獲得した。4年に一度の大舞台を楽しむかのように、リンクの上でも、リンクの外でも終始笑顔を絶やさずに金メダリストとなった20歳のスケーター。その強さの源を鈴木氏と小塩氏がメンタル面から考察し、そこから見えてくるアスリートの理想像についても語り合った。(取材・文=長島 恭子)

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鈴木明子(以下、鈴木)「今回のミラノ・コルティナ五輪ですごく印象的だったのが、アメリカのアリサ・リウ選手です。私は団体戦からシングルまで、3週間ずっと彼女を見ていましたが、練習から本番まで、彼女の様子は何一つ変わりませんでした。

 フィギュアスケートでは『自分のスケートを滑る』というのが最重要課題です。でも、五輪という大きな舞台になると誰もが『もっと良いスケートを見せたい』『期待に応えたい』というプレッシャーに潰されそうになる。今回、男子シングルは波乱の展開になりましたが、五輪ならではの重圧が要因です。でもアリサはライバルを意識せず、最後まで『五輪は自分を表現する一つのステージ』という姿勢を貫いていました」

小塩靖崇(以下、小塩)「リウさんにとって金メダルは、人生のゴールというより、自分の歩みのなかにある一つの通過点として位置づけられているのかもしれません。『順位がどうであっても、私の滑りは変わらない』というコメントが注目されましたが、過度に自分を追い込むのではなく、自分らしくリンクに立とうとしているように見えたことがとても印象的でした」

鈴木「面白いのが、同じアメリカチームのアンバー・グレン選手との対比です。アンバーはまさに『ファイター』。戦う意志が全身から滲み出ているタイプです。その真横に、飄々としたアリサがいて、正反対の2人ですが、互いを認め合う良いチームの雰囲気を感じました」

小塩「強さの表れ方は一つではなくて、闘志が前に出るタイプもいれば、肩の力が抜けたまま実力を発揮するタイプもいます。対照的なお二人が、お互いを否定せずに同じチームのなかで力を発揮できていたところに、良いチームの成熟が表れているように感じます」

鈴木「小塩さんにお聞きしたかったのは、『自分は独立したアーティストで、ライバルはいない』という姿勢を貫くことの大切さは、みんな分かっていると思います。でも五輪という大舞台でも、それを貫けるのは凄い。なぜ、彼女はそれができるのでしょう?」

小塩「本番で体が動かなくなる時には、過度な期待やプレッシャーによって注意が狭くなりすぎたり、自分を強くコントロールしようとしすぎたりしていることがあります。そうすると、普段なら自然にできる動きがぎこちなくなってしまうこともあります。

 リウさんは、五輪ももちろん大切な舞台とは感じながらも、それだけを特別視しすぎず、『自分を表現する場の一つ』として捉えられていたのかもしれません。言葉でそう語る選手は多いですが、彼女の場合は、その感覚が演技や振る舞いにも自然に表れていたように感じます」

鈴木「小塩さんの言うとおり、彼女は思っていることをそのまま言う人です。今のお話を聞いて思ったのは、確かに彼女は自分をよく見せようと“盛っていない”んですね。練習でも毎回、自分の着たい服を着ていましたし、ファッションも髪型も“フィギュアスケーターらしさ”にこだわらず自由です。常にその場を楽しみ、結果よりも1人のアーティストとして『自分をどう表現するか』に徹底的にこだわっていました。それを表現する場がたまたまオリンピックだった。

 アリサは表彰式でも『フィギュアスケーターだから』とお団子ヘアにするのではなく、話題にもなったヘアスタイルがひときわよく見える姿で表彰台へ上がっていた。彼女を見ていると、そんな風に自由でいていいんだと、羨ましくもありました」

10代選手が抱えるフィギュアスケート特有の課題

小塩「今でこそ自由にスケートを楽しんでいる印象のアリサさんですが、一方で14〜16歳の頃は周囲の期待に応えるためにスケートをずっとやっていた、と話しています」

鈴木「彼女は天才です。14歳で4回転ジャンプとトリプルアクセルを飛んだのですが、それは衝撃的なことです。当時、アメリカのフィギュアスケート界に現れたスターの誕生で、ご両親をはじめ全米の期待を一身に背負う存在だったんです」

小塩「なるほど。とても早い段階から、周囲の大きな期待を背負う存在だったのですね。外から見れば順調に見えるアスリートであっても、その内側では、周囲が思う以上に大きな重圧や葛藤を抱えていることがあります。そうしたなかで、17歳で一度競技から離れたというのはとても印象的です」

鈴木「私も(2022年の)北京五輪後、潔く競技をやめた時は驚きました。しかも、2年後に再びリンクに戻った彼女は以前とは全く異なるスケーターになっていた。高得点を狙える高度なジャンプにこだわるのではなく、『自分はどう滑りたいか』や『アーティストである自分』にフォーカスしていました」

小塩「彼女が復帰後に大きく変わって見えるのは、一度競技から離れた時間のなかで、『自分は何のために滑るのか』と改めて向き合ったことが関係しているのかもしれません。もちろん、その背景にどのような経験があったのかを外から簡単に決めつけることはできませんが、自分なりの納得を持って戻ってきたことは、演技やたたずまいからも伝わってくるように感じます。

 アスリートにとって一度競技から離れることは、決して後退ではなく、自分と競技との関係を見直す時間になることがあります。少し距離を取ることで、結果や期待からいったん離れ、『自分は本当は何を大切にしたいのか』を考え直せることもあるのだと思います」

鈴木「確かに一回外に出てみると、それまで中に浸かっていた世界を俯瞰で見られるようになり、改めて競技の魅力に気づけます。おそらく彼女は、自分にとって心地の良いスケートへの向き合い方を見つけたのではないでしょうか。

 実はアリサのティーン時代の話は、今、フィギュアスケート界の若年層が抱える問題と非常に似ていると感じています。フィギュアスケートでは選手と保護者との距離が非常に近く、いつまでも保護者が練習を逐一監視し『自分がいないとダメだ』と思い込んでしまう。そうなる理由の一つに競技の特性があります。多くのスポーツは高校生ぐらいになると送り迎えもしなくなり、自然と親から離れます。ところがフィギュアスケートの場合、金銭面の負担を含め、離れるのが難しい」

小塩「なるほど。親子の距離が近いまま競技生活が続きやすい環境なんですね。もちろん、それ自体が悪いわけではありませんが、距離が近いからこそ、支えることとコントロールすることの境目が見えにくくなることもあるのかもしれません」

鈴木「そうなんです。私は現在、振付師として10代の選手とも接していますが、第三者的立場なので、コーチや親御さん、そして選手からも相談を受けることがたくさんあります。親御さんはリンクサイドで練習もずっと見ていますが、氷の上には入ってこられません。ですから練習中のふとした瞬間に、選手が本音をポロッと漏らすことがあるんですね。

 なかでも『お母さんからのプレッシャーがすごすぎて、何のためにスケートをしているのか分からなくなってしまった』という悩みはとても多い。そのうちポロポロと泣き出して『本当はスケートについて、いろいろと言われたくない』『弱いと言われ続けて、試合に出るのが怖くなってしまった』と話し出します」

小塩「親御さんにとっては、時間や労力をかけて支えること自体が愛情であり、喜びでもあるのだと思います。ただ、その思いが強いからこそ、気づかないうちに『これだけ支えているのだから』という期待に変わってしまうこともあるのかもしれません。そうなると、親子双方にとって苦しい状況が生まれやすくなります」

鈴木「まさにそのようなことが現場で起こっています。家でも『どうして結果を出せないのか』と子どもに言うようになり、指導者にも『うちの子のことはちゃんと見てもらえない』と言う。そういう親御さんの子どもは親が怖くなり、練習中も私だけでなく、その背中越しに見える親の顔ばかり見てしまうんです。そうなると子どもたちは競技が嫌になってしまう」

アスリートの理想像になり得るアリサ・リウの生き方

小塩「そんな時、子どもたちにはどのようなアドバイスを送っていますか?」

鈴木「まずは『スケートは好き?』『誰のためにやっているの?』と、本人の様子を見ながら少しずつ聞いていきます。そして『楽しくスケートができていないのは、本当はお母さんも悲しいと思うよ』と伝えます」

小塩「なるほど、『なぜスケートを始めたのか?』という原点に戻してあげるんですね」

鈴木「はい。それから、プログラムに取り組む際は、振付師として必要なアドバイスはしますが、『どんな練習をするかはあなたに任せるね』と伝えています。逐一、あれをやりなさい、これはダメなどと言ってしまうと、人任せの選手になる。子どもの頃から『信頼しているよ』というメッセージを伝えることは、結果を出せる選手に育てるうえでも大事ではないかと思います。

 私は相談を受けた際、自分の経験を“参考資料”として提示し、最終的な判断は選手自身に委ねるようにしています。それは、保護者に相談された時も同じです。そうして、なぜ子どもにスケートを始めさせたのか、どんな顔を見たかったのかということをちゃんと思い出してもらう、理解してもらうと、変わるきっかけになります。親御さんのなかにも、『いつ離れるべきか』と悩まれている方もたくさんいらっしゃいますから」

小塩「その考えに、とても共感します。保護者の方にも考える機会を作ることは大事ですよね。『離れた方がいい』と無理強いするのではなく、鈴木さんのように経験を参考資料として伝えることは、保護者にとってもいいと思います」

鈴木「はい。親御さんがご自身の人生も大切にされることが、結果的にお子さんの成長につながっていきます。送り迎えはしながらも、あえて練習を見ることは控え、その時間を自分の好きなことに使う。そんなふうに少し距離を取ることで、その姿を見たお子さんが自分で選び取る経験を重ね、自立する力を育んでいきます。すると、自然とさまざまなことが良い方向へと動き始めるのです」

小塩「今の話を伺うと、五輪という大舞台で、リウさんのように“自分らしさ”を大切にしながら結果も残したアスリートが現れたことには、大きな意味があるように感じます。今、IOCがメンタルヘルスやセーフガーディング(選手の安全保護)を重視しているのは、選手をただ守るためだけではありません。安心して競技に取り組める環境、自分の気持ちや体の状態を大切にできる環境があってこそ、選手は本来の力を発揮しやすくなる、という考え方が広がっているからです。

 これまでのスポーツ界では、『金メダルを獲る』というゴールに真っすぐ向かうことが強く求められてきました。ただ、そのゴールだけがすべてになってしまうと、結果が出なかった時に自分の価値まで失われたように感じたり、競技を続ける意味が分からなくなったり、燃え尽きに繋がったりすることがあります。だからこそ、競技の結果だけでなく、その人がどう生きたいのか、何を大切にしたいかという視点を持つことが、これからますます大事になってくるのだと思います」

鈴木「金メダルを狙うことがダメと言いたいのではなく、やはりアスリートは競技引退後の人生のほうがずっと長いですからね。自分がワクワクすることを追い求め、人として成長するプロセスのなかに金メダルがあるアリサは、まさに“新時代の金メダリスト”。アリサのような生き方は、これからのアスリートの理想像の一つになるかもしれません。

 彼女はこれからもスケートを続けるそうです。ということはスケーターとして、まだまだ表現したいことがあるのでしょう。今後、どんなスケートを見せてくれるのかとても楽しみです」

■鈴木明子 / Akiko Suzuki

 1985年3月28日生まれ。愛知県出身。6歳からスケートを始め、00年に15歳で初出場した全日本選手権で4位に入り、脚光を浴びる。東北福祉大入学後に摂食障害を患い、03-04年シーズンは休養。翌シーズンに復帰後は09年全日本選手権2位となり、24歳で初の表彰台。10年バンクーバー五輪8位入賞。以降、12年世界選手権3位、13年全日本選手権優勝などの実績を残し、14年ソチ五輪で2大会連続8位入賞。同年の世界選手権を最後に29歳で現役引退した。現在はプロフィギュアスケーターとして活躍する傍ら、全国で講演活動も行う。

■小塩靖崇 / Yasutaka Ojio

 東京大学スポーツ先端科学連携研究機構(UTSSI)特任講師。三重大学医学部看護学科卒業後、病院での臨床経験を経て、東京大学大学院教育研究科にて博士号(教育学)を取得。2017年より国立精神・神経医療研究センターにて、若者のメンタルヘルス教育および研究に従事。健康教育学を専門とし、教育現場やスポーツの場におけるメンタルヘルス教育プログラムの開発、学校教員向けの教科書執筆などに携わっている。また、アスリートと協働で進めるメンタルヘルスプロジェクト『よわいはつよいプロジェクト』に研究の観点から関わっている。近著に『10代を支えるスポーツメンタルケアのはじめ方』(大和書房)、『PDPの教科書―アスリートを支える新しいカタチ』(大修館書店)。

(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。人物インタビュー、ヘルスケア、ダイエット、トレーニングの分野を軸に、雑誌、書籍等で編集・執筆を行う。担当書籍に『すごい股関節』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)など。