羽生善治が喫した“敗因不明”の負け、A級に上がれない強豪棋士のナゾ…将棋記者が考察する「なぜ順位戦ではドラマが起きるのか」
〈「本当は怖いんですよ。いつ怒鳴られるかと…」棋士を撮ったカメラマンだけが知る、藤井聡太に挑む者たちの“剥き出しの素顔”〉から続く
盤上に命を懸けるプロ棋士たちの素顔を、誰よりも間近で目撃する者たちがいる。将棋記者とカメラマンだ。
【画像】歯を食いしばり涙を堪える木村一基九段
今年4月、ともに新刊を上梓したカメラマンの野澤亘伸氏(『師弟 棋士の見る夢』)と、朝日新聞記者の北野新太氏(『夜を戦う 純情順位戦』)。その両者による対談が「文春オンライン」で実現した。

北野新太(撮影=野澤亘伸)
1946年の創設以来、数多のドラマを生んできた順位戦。持ち時間は各クラス共通の6時間で、対局が日付をまたぐことも日常茶飯事だ。なぜこれほどまでに、観る者を惹きつけるのか。その奥深い魅力を語り尽くした。(全3回の2回目/つづきを読む)
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羽生善治が喫した“敗因不明”の負け
北野 ベテランの棋士は自分の一番力の出る土俵に追い込んで戦うと滅法強いです。本にも書いたことですが、羽生善治九段は名人になるまで順位戦で11敗しかしていないんですけど、そのうち8敗はベテランといえる棋士でした。同世代や少し上の55年組の世代にはほぼ負けていないのに。
勝率が5割を切るベテランが「羽生君と戦えるんだ」という気持ちで、その一局に懸けた結果なのだと思います。羽生さんは負かされた後、敗因がなんだったのか分からずにずっと考え続けた将棋も順位戦であったそうです。
野澤 武士が最後の一太刀を振ってくるような気迫を感じますよね。昔、A級残留争いの中、最終戦で大御所の中原(誠十六世名人)、米長(邦雄永世棋聖・故人)、加藤(一二三九段・故人)が勝って、やっぱり残るのはこの3人かみたいな時代がありました。私は「大一番全盛期論」と勝手に呼んでいるんですが、順位戦の“大一番”には、ベテランがピークに近い力を出してくると思うんですよ。
有名なのは芹沢博文九段(故人)がB級1組で谷川浩司七段(当時)を破った一局がありますよね。酒もタバコも絶って、かつて天才と言われた男の意地を見せたという。
北野 芹沢九段は谷川十七世名人の才能と実力を最大級に認めていたからこそ、あの一局のような力が出たんでしょうね。
自分や相手の状況など関係ない
野澤 将棋界って独特で、普段は互いに敬ったり仲良くしたりしているのに、相手の人生のかかった勝負に平気で勝っちゃったりする。棋士にこの話をしたら、「子どもの頃からそういう環境で鍛えられていますから」とサラリと答える。そこが面白いと思うんですけど、この切り替えは他の競技ではなかなかできないんじゃないですか? 相撲、ボクシングでライバル同士が飲みに行く話って聞かないでしょ? プロレスも悪役とベビーフェイスは普段から馴れ合わないといいますものね。
北野 その視点で言うと、今期の順位戦B級1組最終戦の高見泰地七段−石井健太郎七段戦はまさにそうでしたね。最終戦を前に石井さんの降級は決まっていて、高見さんは勝って他の結果次第で残留という一局でした。深夜に持将棋になり、指し直し局が石井さんの勝利で終わったのは午前2時46分です。自分や相手の状況がどうかなど関係なく、戦えば勝つのだ、というのが棋士の本質だと再び感じました。
A級に上がれない強豪棋士のナゾ
野澤 順位戦ではA級に当然上がると思われたのに、上がれなかった棋士がいるじゃないですか。山崎隆之九段は23年目に上がりましたけど、中村修九段は20歳で王将を獲りながらも、福崎文吾九段は十段と王座を獲りながらもA級に上がっていない。最近では松尾歩八段がB級1組に13期連続在籍しながら果たせていない。そこに何があったのでしょうね?
北野 星の妙としか言いようがないですね。福崎九段が最もA級に近づいた1985年の話がとても印象深くて、勝てば上がれる最終戦の朝、家を出るとき奥さんに「今日、A級に上がってくるから」と約束したらしいんです。でも、結果的に福崎さんは負けてしまい、上がることができなかった。
真夜中に帰宅して、玄関を開けると奥さんが電話を抱えたまま廊下で寝込んでしまっていたらしいんです。当時は携帯中継もないから結果はすぐに分からないじゃないですか。だから、報告を待っていたんですね。その時、福崎さんは、申し訳ないな、という思いと同時に、なんて愛らしい人なんだと思ったそうです。
僕はすごくその話が好きなんです。順位戦の重さや切なさを象徴しているような気がして。今回、藤本渚七段が初参加から一気にB級1組に上がったのは福崎さん以来、44年ぶりでした。
野澤 福崎九段は22歳でB級1組に上がっていますよね。かなり早い。
北野 上がれる、上がれない、ということについて順位戦には常に不思議さのようなものがあります。だからこそ、ひとつひとつの昇降級がこれほどまでに胸を打つのだと思います。
野澤 ピラミッド型になっていて、立ち位置を俯瞰して見られる残酷さもある。棋士は春にその年の順位戦表が送られてくると、それを眺めながら1年を戦っていくんだなと思うそうです。まさに“棋の暦”ですよね。それだけに何年も何年も、同じ場所から季節の巡りを見続けるのは辛いことだと思います。
一夜で明暗が分かれる昇級争いのドラマ
北野 3月は昇級する棋士の取材をする時期ですが、今回C級2組から上がった3人は、佐々木大地七段が9期、高野智史六段が10期、黒沢怜生六段が11期を懸けての昇級でした。実際に話を聞くと、いかに特別なことかがものすごく伝わります。
野澤 最後に何かが起きそうな予感というのが、順位戦にはありますよね。トーナメント方式と違い、昇級に自分の勝利だけでなく他者の勝敗が絡み合うからでしょう。
辛辣な将棋ファンの中には、「C級の将棋なんて誰も見ない」という人もいます。鈴木大介九段に取材したときに「自分が四、五段の時には、勝っても負けてもニュースにもならなかった。それがタイトル戦に出て、初めて自分だけの将棋でないことがわかった」と聞きました。
確かにC級2組の注目度は高くはない。でも甲子園大会のような若さの輝きと残酷さがあって、昇級争いの直接対決は見ているのが辛くなるほどです。私は正直、A級よりも最終日が気になる。今期、最も印象に残ったのは上村亘五段と宮嶋健太四段戦でした。
順位戦はなぜこんなにも心に響くのか
北野 上村五段は自分が勝った上で、他の結果によってC級2組に残留するかフリークラスになってしまうか、という状況でした。
野澤 宮嶋四段はそれまで1敗しかしておらず、勝てば自力昇級です。勢いからも、そのチャンスを逃すようには思えない。でも、上村五段が死に物狂いで戦うことが予想できた。彼は藤井聡太四段(当時)がまだ先手番で負け知らずで、圧倒的な勢いだったときに初めて黒星をつけている。逆境でギアが入るタイプに感じます。結果、宮嶋四段は2敗目を喫して昇級を逃し、上村五段は紙一重で残留を決めた。そして最後の昇級枠が佐々木七段へ渡った。
北野 あの将棋も、局後の上村さんへの取材も含めてとても胸に残るものでした。今回の本で伝えたかったのは、結局のところ「順位戦はなぜこんなにも心に響くのか」ということに尽きるんです。
藤井聡太名人が登場して、世間を巻き込んだ大きなブームを作り出しました。そして同時並行的にAIも進化して将棋界を席巻していった。それが将棋界のメインストリームとして描かれていく中でずっと思っていたことは「魅力的な棋士はもっともっとたくさんいるし、彼らの人間的な部分をもっと伝えなくちゃいけない」ということだったんです。
私は2022年に朝日新聞に移ったのですが、最初に「何をやりましょうか」と相談した時に「順位戦を戦う棋士たちの物語をやりたいです」と伝えたんです。タイトルを「純情順位戦」と提案したら「え……純情?」というリアクションでしたけど。今時「純情」ってちょっと時代錯誤な印象があるじゃないですか。藤井名人も「最近あまり聞かない言葉ですよね」とおっしゃっていたくらいで(笑)。
でも、私としては「AI」や「評価値」の対義語のような旗が必要だったんです。順位戦の担当者として毎日朝から深夜まで彼らの戦いを見守って、こんなに魅力的な人たち、魅力的なシーンを書かないで他に何をやるのかと考えていました。
野澤 羨ましく思います。私もできるなら順位戦に密着してみたい。一方で、それがどれだけ大変なことかもわかる。数年前に北野さんと飲んだときに、冗談で「僕はあと10年したら死んでます」と言っていましたが、順位戦の一局というのは、本当に長いわけじゃないですか。毎晩のように深夜まで、ときには午前3、4時までかかる。それを記事にして、午前10時までにまた将棋会館へ行く。一冊を仕上げるまでの苦労は、鶴が羽を抜いて機を織ってきたようなものじゃないですか。そりゃあ身を削りますよ。
北野 そうかもしれないですね(笑)。
野澤 「純情順位戦」はそういうものだと思って読ませてもらっています。情熱がなければ、とても続けられない。
北野 私にとっては確実に「仕事」なんですけど、ただ単純に「これは仕事です」と割り切っていたら、とても務まらない仕事だとは思います。結局のところ好きなんです。強いられているわけではなくて、好きなことだから続けられますけど、現代社会における労働基準からすると……。
野澤 ブラックホールよりもブラックですよね(笑)。
今、最も響くプロ棋士の言葉
野澤 棋士の言葉は魅力的ですが、特に挙げるとすれば?
北野 特定の誰かを挙げるのは難しい……というか不可能ですね。それぞれに魅力や個性があるので。だからこそ多くの棋士を取材しているのかもしれません。ただ「言葉」という観点で眺めた時、永瀬拓矢九段と佐藤天彦九段の言葉は本当に特別だと思います。
二人は思想や美意識、将棋観、人生観も全く違うと思いますけど、自分らしい言葉を大切に選んでいる点において非常に重なります。あの二人が来期もA級で戦うのは非常に楽しみですね。
野澤 永瀬九段は今最も言葉が響く存在だと感じています。将棋ファン以外の人にも、たくさん聞いてほしい。北野さんの本の中で彼は「自分は少数派で9割の人には伝わらないかもしれないけど、1割の人に伝わればいい」と話していますけど、むしろ逆で9割の人が欲しているのは永瀬九段の言葉だと思うんです。
彼は社会のエリートに向けて発しているんじゃない。学校の中でも自分に自信が持てないような子への応援のメッセージです。だからもっと多くの人に彼の言葉が届いてほしい。それが将棋界を広く認知してもらえるきっかけになると思います。
北野 きっと藤井名人からタイトルを奪取した時、永瀬さんの言葉はもっと強い意味や意義を持つと思うんです。先日の王将戦は敗れてしまいましたが、いつか果たした時に永瀬さんの存在感は変化して、さらに興味深くなると思います。
野澤 永瀬九段は、分かりやすい言葉を使われますよね。本人は厳しいイメージがありますが、言葉の響きはとても優しい。佐藤天彦九段は哲学的な香りがして、研ぎ澄ました思考を言葉に乗せている印象です。
北野 言葉の選び方の違いはあると思うんですけど、佐藤九段の表現の豊かさはかなり特別だと思います。ある問い掛けに対して、天彦さんほど向き合ってくれる取材対象に出会ったことはないかもしれません。そして、天彦さんも永瀬さんも「伝えたい」という意識がものすごく強い。
野澤 高名な科学者や数学者が人に伝えることが得意とは限りませんが、トップ棋士において永瀬・佐藤の二人は、言葉という武器も持っていますよね。まだ彼らを知らない人がその発言録を目にしたら、将棋界への認識が変わるんじゃないですか。あと、永瀬九段がお父様へのリスペクトを強く出しているのも好きです。
北野 ご両親にインタビューをしたことがありますけど、とても素敵なお父様とお母様でした。永瀬さんが小学生の頃、眠りに就いたお父様が深夜にトイレに立つ度、永瀬さんの部屋からパチッ、パチッ……と駒音が聞こえてくるらしいんです。小学生が午前1時とかに、ですよ? 棋士になる人、特にタイトルを獲るような人って、そういうものを持っていると思います。
学校という尺度で測れるような存在ではない
野澤 永瀬九段は高校に入学してすぐに「自分には合わない」と辞めていますよね。北野さんの本の中には、千田翔太八段が学校に馴染まなかったことが書かれています。私も伊藤匠二冠から中学時代に不登校になった時期があり、学校でもほとんど話すことがなかったと聞きました。
行方尚史九段も、12歳で青森から一人上京して、中学時代は学校の方針と合わずに本当に苦しんだと語っています。この方達の場合は、思春期の漠然とした反発・不安ではなく、自分たちの持っている世界観、感受性が突出していて、平均的な教育システムに慣らされることを受け入れられなかったのでしょうね。
北野 単純に「学校」という尺度で測れるような人たちではないですから。
野澤 理解力が高いから授業の進行速度が遅すぎて、時間が無駄に感じるのかもしれません。中田功八段は博多の小学生時代に算数の成績が桁違いで、廊下に机を出されて一人で勝手にやらされたそうです。
北野 出来すぎて廊下……逆でしょ!と思いますね(笑)。学校教育ってある程度は足並みを揃えなきゃいけませんけど、奨励会に入って棋士になろうとする子は、他の子と並んで……なんていう気持ちがあるわけがないですから。(つづく)
〈藤井聡太を次に倒すのは誰だ? 将棋記者&カメラマンが語り尽くす「ポスト藤井世代」の注目棋士たち《藤本渚、岩村凛太朗…》〉へ続く
(野澤 亘伸,北野 新太)
