『田鎖ブラザーズ』©TBSスパークル/TBS

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「死ぬなら、全部話してからにしろよ」

参考:『田鎖ブラザーズ』飯尾和樹、新井順子Pのオファーに迷いなし 「面白いけれど嫌な物語」

 金曜ドラマ『田鎖ブラザーズ』(TBS系)は、第3話にして早くも物語がハイライトを迎えた。兄弟が両親殺害事件の犯人と睨み、その行方を追っていた津田(飯尾和樹)が死んだのだ。病院に運び込まれたときの津田は、膵臓がんのステージ4。余命半年と見られる状態にも関わらず、治療された形跡はなかった。そして、何かの事件に巻き込まれたような外傷もあり、昏睡状態だった。

 真(岡田将生)と稔(染谷将太)は、それぞれに自らの手で復讐を成し遂げようとしていた。そこには、自分が背負うことで、たったひとりの家族の止まった時間を動かし、自由に生きてほしいという願いが根底にあった。

 そのためにも、津田にはなんとしても目を覚ましてもらい、その動機を知る必要があった。「知りたいやつがいるんです。なんで大事な人が死ななきゃいけなかったのか」と、第1話で真が語った言葉が脳内でリフレインする。きっと知ったとしても納得することはできない。それでも、私たちは知ることで収められる気持ちがあるのだから。

●津田の死が引き寄せた「もうひとつの事件」

 だが、津田は死んだ。もはや彼の口から事件について語られることはない。しかし、その状況が少しだけ真実へと近づけていた。津田が病院で治療を受けられなかったというのは、過去の問題をもみ消すために身分を偽り、病院を訪れることができなかった“元牧村”の件を踏まえると、彼も同じような事情を抱えていたのではないだろうかと想像される。ノンフィクション作家という職業を鑑みても、トラブルに巻き込まれていた可能性は高い。

 そんな津田が、持ち合わせていた僅かな所持品のなかから、小さな鍵と電話番号が書かれたメモが見つかる。早速、真が電話をかけてみると、思ってもみなかった人物につながった。それは、兄弟の父親・朔太郎(和田正人)が勤務していた辛島金属工場にいた、辛島ふみ(仙道敦子)。彼女は工場長だった貞夫(長江英和)の妻で、現在は山岳写真家として第一線で活躍中だ。兄弟が辛島金属工場に出入りしていたころのふみが車椅子だったのは、山岳事故によってリハビリ中だったためだ。

 あの日、1995年4月26日は、兄弟の両親が殺され、晴子(中西希亜良/井川遥)が切りつけられる一方で、もうひとつの事件が起こっていた。辛島金属工場での火災爆発。あの日、足の怪我のために料理ができないふみの代わりに、町中華『もっちゃん』の店主・茂木(山中崇)が料理の作り置きをするために工場を訪れていたことも明かされる。火災の原因については明かされていないが、ふみと貞夫、そして茂木の3人が火災に巻き込まれ、病院へと搬送されていたことがわかった。

 視聴者の間では茂木を“両親殺害事件の犯人では”と怪しむ声も聞こえてきたが、この夜の騒動を踏まえると彼にはアリバイがあることになる。「火事は嫌いだ」と火災の話になっただけで苦々しい声を出す茂木を見ていると、火傷とともに心に負った傷も深そうだ。

●放火殺人事件が突きつける「違う角度からの視点」

 両親殺害事件と辛島金属工場の火災は連動しているのだろうか。津田とふみとがつながった今、まったくの偶然で起きた連鎖とは思えなくなってきた。そうさせるのは、真が担当した放火殺人事件のせいかもしれない。

 火を放たれ亡くなった水澤愛子の家には、金塊が隠されていた。それは1年前に、秋田県で起きた4億円金塊強奪事件で奪われたものと一致した。彼女につきまとっていたとされる男「東郷」も、その実行犯4人組のひとりだった可能性が高まる。

 水澤の出身地も秋田。そして、父親が詐欺と傷害で服役中。母親はすでに他界しており、親戚とも疎遠。身元確認は取れていないというのも引っかかる。なぜなら私たちは、“元牧村”の事件で現場に遺された身分証が必ずしも本人を証明するものではないという前例を知ったから。「東郷」と呼ばれている男についても同様だ。そして身元を偽りながらも愛を求めるのが人間だということ。さらには、罪を犯してでもその愛を貫こうとする人がいることも。

 きっとこの放火事件を通じて、また私たちは一つの面からは気づけなかった真実を突きつけられることになるのだろう。そして、その気づきの先には、兄弟の両親殺害事件を違う角度から見つめる視点が見つかるのではないだろうか。ふみの連絡先を、なぜ津田は持ち歩いていたのか。そして、真の動きを単に部下を注視する上司の目線とはまた違った眼差しを向ける係長・小池俊太(岸谷五朗)も気になるところだ。

 「鎖の噴水現象」と呼ばれる物理現象がある。ボールチェーンが入れ物から引きずり出されると、見えない何かに吸い取られるように、その入れ物の縁を越えて噴水のごとく高く立ち上がるというもの。鎖のように繋がったそれぞれの真実が一気に引きずり出されるとき、その盛り上がりは私たちの想像という入れ物の枠を優に越えていくのだろう。その瞬間が訪れるのが、今から楽しみでもあり、そして怖くもある。(文=佐藤結衣)