ネモフィラで青く染まったひたち海浜公園のみはらしの丘(茨城県ひたちなか市で)

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 国営ひたち海浜公園(茨城県ひたちなか市)で、ネモフィラの花が見頃を迎えた。

 かつて陸軍の飛行場だった同公園の丘を青一色の絶景に変えた男性は今、来年3月に横浜市で開幕する国際園芸博覧会(GREEN×EXPO)の旗振り役を務めている。軍事関連施設の跡地を花で埋め尽くすのは今回も同じ。花の力で新たな平和へのメッセージを発信しようとしている。(水戸支局 大井雅之)

 男性は国土交通省職員の脇坂隆一さん(54)。2001年4月から2年間、同公園工事事務所の調査設計課長を務めた。

 同公園はかつて特攻隊員を養成する役割も担った陸軍水戸東飛行場で、戦後は米軍の射爆撃場として使われた。1973年に日本に返還されると、「平和の象徴として公園にしたい」との住民らの要望を受け、91年に開園。整備にあたり多数の不発弾が掘り出されたとの記録もある。

 公園の全体設計の見直しを任された脇坂さんは、公共工事で発生した建設残土で造成した丘を花で埋めることを企画した。祖父は海軍の軍人。「整備にあたってはこの土地の歴史を重視した。花で多くの人が集うこと自体が大きな意味を持つと思った」

 2001年にコスモスを植えたが、思うようにいかず、翌年春に向け、「丘と空を青色の景色にしたい」と約200万本のネモフィラを植えた。丘を青一色に埋めるネモフィラの絶景は評判を呼び、年間入園者数は07年度に100万人を突破。SNSの普及や外国人客の増加が追い風となり、18年度は過去最高の約229万5000人が訪れ、茨城県を代表する観光スポットに育った。今年も約530万本が咲き誇る。

 「多くの人に喜んでもらえて『花の力』のすごさを実感した。ただ、ネモフィラの下には忘れてはいけない戦争の歴史があることも知ってほしい」と語る。

 脇坂さんは今、来年3月に横浜市で開幕する国際園芸博の博覧会協会で推進戦略室長を務める。基本計画の策定や会場計画などを担ってきた。会場は横浜市の郊外にある米軍の旧上瀬谷通信施設の跡地で、15年に返還された。園芸博では約100ヘクタールを活用して、約半年間にわたって1000万株の花や緑で彩る予定だ。

 「米軍施設の跡地を平和利用する点はひたち海浜公園と重なる。季節ごとに移り変わる花の魅力を伝えたい」と“次なる花”を咲かせる準備に奔走している。