「これ、さすがにおかしいぞ」小2で顔面に“希少がん”発覚→右あご摘出→“顔に大きな穴が空いた”22歳男性が語る、病気が発症した経緯
小学2年生で極めて稀ながんである「明細胞性歯原性悪性腫瘍(めいさいぼうせいしげんせいあくせいしゅよう)」を発症し、15年にわたって闘病を続けているもりひさん(22)。
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症状の進行によって顔面に穴が空いてしまったという彼に、発症時の異変、明細胞性歯原性悪性腫瘍が引き起こす壮絶な痛み、小学6年生で受けた右上顎の全摘出手術などについて、話を聞いた。(全5回の1回目/2回目に続く)

もりひさん ©杉山秀樹/文藝春秋
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鍼灸師を経て、今はSNS発信と音楽活動に注力する毎日
――今、おいくつですか。
もりひ 今年、22歳になりました。
――今日はもりひさんの家にお邪魔していますが、家族って。
もりひ 家族は、母と父、4つ違いの弟がいます。弟はこないだまで高校生で、4月から大学生ですね。
――生まれも育ちも大阪で。
もりひ 生まれてからずっとここで。一度も出たことはないですね。すぐそこの小学校に通っていました。
――YouTubeをやっていますが、本職があるのですか?
もりひ はい。以前は鍼灸師として働いていたのですが、去年の11月頃からちょっとお休みをいただいていて、今はSNSでの活動1本でやらしてもらっているところですね。
――鍼灸師を目指されたのはいつ頃から。
もりひ 18歳から弟子入りしていたんですよ。見習いとして整骨院で働き始めて。当時はまだ資格がなかったので鍼は打てない状態でしたが、雑用とかをこなしながら学んでいました。去年、国家試験を受けて合格して鍼灸師に。
鍼灸師として活動できたのは、1年に満たないぐらいですけど。ちょっと病気のこともあり、「休職させていただいていいですか」っていう形で。
梅田で初ライブをした時には、チケットが即完売した
――SNSの活動と並行して、音楽活動もされていますよね。ライブも開催していますし。
もりひ 2月にチケットを発売したんですが、うれしいことに、もう椅子席は発売を始めて1分でなくなっちゃって。
音楽は趣味の延長線上みたいな感じなんですよ。ずっとギターを習っていたとかじゃなくて、趣味でアコースティックギターをチャカチャカ弾いていて。
SNSを始めてから、「実はちょっと歌えるんですよね」っていう感じで披露するようになって、そうしたら皆さんに褒めていただいて。「じゃあライブもやってみようか」と。
去年の12月に梅田で初ライブをやったんですけど、そのときも本当に一瞬でチケットが完売して。100席ちょっとでしたけど、うれしいことに満席でやらせていただいて。
――SNSはいつ頃から。
もりひ 去年の5月から始めて、ちょうど9カ月ぐらいですかね。最初はYouTubeでした。正直、身内に向けた動画配信みたいなノリで、「元気にやってるよ」って姿を出してたんですけど、ショート動画を1本出したらバズって。そこから、こんなにも大勢の方に見られるようになるとは思ってなくて。
――チャンネル登録者数も相当な数ですよね。
もりひ YouTubeは12万人で、TikTokが27万人とかになって。びっくりしました。YouTubeから銀の盾もいただいて。10万人になるまで、あっという間でした。本当に早かったです。
小2で“世界的に発症が少ない病気”を発症
――もりひさんが抱えている病気について教えてもらえますか。
もりひ 明細胞性歯原性悪性腫瘍という、すごく長い名前なんですけど。世界的に見ても稀な病気らしくて、これといった治療法がない状態なんです。
それをズルズル引きずって今に至るんですよ。小学校2年生で発症して、手当たり次第に治療はやってきたんですけど、気づいたらこんな感じになっちゃって。
昔は元気にやっていたんですけど、こんなふうにひと目でわかるようになったのは最近で。だから、周りの子たちはみんなビックリしてますね。
――顔に発症する例が多い病気なのですか。
もりひ そうなんです。女性にやや多いらしくて、本来は下顎のほうにできる腫瘍らしいんですけど、僕はなぜか上顎にできて。男性なうえに、上顎にできるなんて。ただでさえ珍しいのに、「なんでやろ」みたいな。
――発症の確率は数万人に1人といった感じ?
もりひ よく「何万人に1人」ってありますけど、この明細胞性歯原性悪性腫瘍にはそういった統計がそもそもないんですよ。もう何万人に1人って次元じゃないと思います。世界的に見ても本気で発症が少ないので、数を把握できないぐらいなんだと思います。
発症数が少なすぎて、難病指定にもならなくて。指定になってたら、もうちょっと理解が深まると思うんですけど。
――治療に関しては、保険は適用されるのですか。
もりひ この病気に対する直接の治療法がないので、他のがんに効くような標準治療を試してやっている状態なんです。なので、それに対する保険は利きますね。民間の保険も同じような感じで対応していただいています。
今やっているのはキイトルーダといって、免疫治療なんですけど、それには一般的な高額療養費制度などが適用されています。
「これ、さすがにおかしいぞ」急に顔が痛くなって…病気発覚の経緯
――病気が発覚したのは小学2年生。それまでは特に変わったことはなかったのでしょうか。
もりひ 元気にやってましたね。普通に小学2年生でした。でもある日、急に顔が痛くなったんですよね。
――どのような痛みだったのですか。
もりひ とりあえず歯が痛かったんですよ。噛みしめたり、触れるだけで痛くて。ほんとに寝られなかったですね。一度うずくと、もう一日中泣いてました。
これはちょっとおかしいなということで病院に連れていってもらいました。親知らずを抜いたときの痛みがずーっと続いてた感じでしたね。
――最初は歯科医へ。
もりひ 行ったんですけど、歯医者さんも「ちょっとわからない」みたいな感じで。最初は、エナメル上皮腫っていう良性の腫瘍だと診断されたんです。
それがだんだん「これ、さすがにおかしいぞ」ってなって、市民病院とか大学病院とかで診てもらって、結局最後に診断されたのが明細胞性歯原性悪性腫瘍でした。
「なんでこんな痛いことばっかされてるんや」病名がわからず混乱した時期も
――明細胞性歯原性悪性腫瘍だと判明したのはいつでした?
もりひ 小学校6年生のときですかね。大きい手術をしたんですよ。右の上顎を全部摘出する手術をして。そのとき病院の先生は「がんですよ」とは、僕に言わなかったんですけど、カルテには悪性腫瘍って書いてたっぽくて、それでこちらも察したみたいな。
――小学生で大きな病気と向き合うのは、尋常ではない恐怖だったのではないかと。大人ですらどうにかなりますから。
もりひ 恐ろしいですよ、ほんとに。だって歯医者ですらイヤじゃないですか。トラウマではありますよね。これはあんまり言わないんですけど、手術台とか病院内を移動するストレッチャーってあるじゃないですか。今でもあれを見たら過呼吸になるんですよ。
だから、トラウマとかってあるものなのかなって。最近も目に入ったら動悸がすごくなって。ベッドの軋む音もダメですね。
――当然、大きな混乱も。
もりひ 「なんでこんな痛いことばっかされてるんや」みたいなね。そればっかりでしたね。病名がはっきりしないから、先生も「これをすれば治るよ」といったハッキリしたことを言ってくれない。両親は「じゃあ、どうしたらいいんですか」と問いかけることしかできなくて。
――そうした親御さんの不安は、子供心にダイレクトに伝わってきますよね。
もりひ 自分といるときの普通の顔と病院へ行ったときの顔が明らかに違いますからね。「なんだか、自分に気を遣ってるな」ってのもピンときますし。
だって病院に行くときだけ、好きなもの買ってくれましたからね(笑)。「急に優しいやん、これ」みたいな。帰りも「何でも食べていいよ」とか。
「激痛が来て『再発してるな』と」小学6年生で右の上顎を摘出
――明細胞性歯原性悪性腫瘍だとハッキリするまでは、どのような治療を。
もりひ 小学2年生のときに、腫瘍だと思われたところを摘出する手術をしたんですよ。右の奥歯と歯茎をごっそり取って。骨はまだ全然残っていたんですけど。それで「もしかしたら、これで治ったんじゃないかな」となっていた時期がありました。何年かは。
――手術で奥歯と歯茎を取って、痛みは治まったのですか。
もりひ 治まりました。右の奥歯と歯茎を取って、入れ歯にしましたけど、普通に生活してました。ガムは入れ歯にひっついちゃうからダメなくらいで、なんでも食べられてましたね。ただ、入れ歯で噛むと痛いんですよ。
あと、噛み合わせの問題とかもあって、肩こりと酷い頭痛に苦しめられるようになったんです。テスト勉強したり、緊張したりすると、もう頭が痛くなってたんで、近くの接骨院の先生にずっと診てもらっていて。それがきっかけで鍼灸師を目指すようになったんです。
でも今思えば、がんの痛みもありましたね。顎の周りも痛みましたから。で、6年生でまた激痛が来て「再発してるな」と。
――小学6年生でまた痛みが出てきたと。
もりひ そうなんです。この再発のスピードがえらい早かったらしくて。このままやったら脳に転移するんじゃないかって。口腔外科の先生が一番危惧されていたのがそれやったんで、手術で右の上顎を全部取りましたね。
撮影=杉山秀樹/文藝春秋
〈医者から「顔の原形がなくなる」、母親はショックで失神…“顔に大きな穴が空いた”希少がん患者の男性(22)が明かす、幼少期の過酷な治療〉へ続く
(平田 裕介)
