『GIFT』山田裕貴に引き込まれる 車いすラグビーと宇宙物理学がつなぐ一人ひとりの物語
日曜劇場『GIFT』(TBS系)第1話が4月12日に放送された。
参考:日曜劇場の“新たな名作”誕生の予感 堤真一が『GIFT』にもたらす圧倒的な引力と説得力
人生どん底である。いきなり個人的な話で恐縮だが、筆者にとって、これまでの人生で今が一番しんどい。生きることに対して無意味さを感じ、日々打ちひしがれ、立ち上がる気力も残っていない。詳細は省くが、諦めそうになって、必死に現実から目をそらしている。
そんなときに『GIFT』の初回放送を観て、不覚にも涙してしまった。多くの作品を視聴してきたつもりだが、引きつった笑みを浮かべる山田裕貴を目にして、これは自分だと思った。
なぜこんな話をしたかと言うと、今作がどん底からの逆転劇だからだ。2026年に放送するドラマとしては、ストレートすぎるテーマを今作は掲げている。けれども、第1話を観終えて、『GIFT』は2026年だからこそ生み出された作品だと確信した。
今作は車いすラグビーを題材にしている。パラスポーツは注目を集めつつあるが、まだどこか遠い世界の出来事のように感じている人も少なくない。その点について、『GIFT』は丁寧に作られていて、雑誌記者の人香(有村架純)の視点を通して、車いすラグビーの世界をわかりやすくガイドしている。
ただ、正直に言うと、それだけでは足りない。障がいのある人の思いは、本人にしかわからないことも多い。彼らの本音を描かなければ、作品自体がピントのぼやけたものになってしまう。その点で、今作は誠実に作られていると感じたし、当事者の心情に肉薄していると思う。ただし、非障がい者の演技がどう評価されるかは、まだ留保付きではある。
今作を形にする上で、さまざまな前提条件をクリアする必要があったことは、容易に想像できる。『GIFT』は逃げずに向き合いながら、他方でとても柔軟な戦略を採用しており、結果的にダイナミズムの最大化に成功した。今作が採った方法は、二つの異なるモチーフを融合させること。障がい者スポーツと宇宙物理学。両者はかけ離れていればいるほど良い。
超新星になるか。それとも「混ぜるな危険」か。ある種のギャンブルかもしれない実験は成功に終わった。それは多分に俳優陣の力演に負うところが大きい。「いくらなんでも無茶ぶりでは?」と思わせる、堤真一演じる宇宙物理学者の伍鉄。冒頭から完璧な不審者ムーブをかまし、玉森裕太ではなくとも怪訝な顔をした視聴者は多かったに違いない。
チームの中心になる宮下(山田裕貴)の屈託。こんなに“重い”山田はいつぶりだろうか。周囲の物質を引き寄せる重力で、光さえ脱出できない超ヘビー級のブラックホール。コートでラグ車をこぐ宮下は、そこから抜け出そうとして必死にもがいている。けれども、もがけばもがくほど、重力は彼をとらえて離さない。
ブレイブブルズのメンバーは、全員がそれぞれの背景を持っていることを濃厚に感じさせる。対戦するシャークヘッドの谷口(細田佳央太)やヘッドコーチの国見(安田顕)にも、当然ここに至るまでの歩みがあるだろう。誕生から消滅まで、一つひとつの星が独自の時間を刻んだように、本来、私たち一人ひとりがそうだったはず。両肩に感じる重力の分だけ背負っている歴史があることを、第1話は思い起こさせた。
障がい者スポーツの世界を描く『GIFT』は群像劇に分類されるが、個々の内面を徹して掘り下げる姿勢が伝わってきた。今作から目を離せないのは、そこにあなたや私の物語があるからで、障がいのあるなしにかかわらず響く感動の芯をとらえている。
第1話で、リベンジを誓うブルズはどん底に叩き落とされた。けれども、それは始まりであり、難問を解くという最高のチャレンジが彼らを待っている。TBS日曜劇場は、下剋上や広い意味のポリティカル・コレクトネスを描いてきた。先行作品が築いた遺産をギフトとして受け取った今作の制作陣は、星々のように一人ひとりが輝きを放つドラマを紡ごうとしている。
全体は個なくして成り立たない。宇宙は星々の集合体で、決定的に重要なのは個々の存在だ。全体最適が正解とされる2026年に『GIFT』が放送される意義は、そこにある。
(文=石河コウヘイ)

