「抜歯ができない!」「神経治療ができない!」…”歯科でも薬不足”で綱渡りのデンタルクリニック現場
診療を支える「土台」が…
「抜歯ができない!」
そんな異常事態が全国の歯科医院で起きている。抜歯や虫歯治療に欠かせない局所麻酔薬が’26年3月現在、深刻な供給不安に陥っているのだ。「オレンジ歯科」の村上明日香院長が表情を曇らす(以下、「」内はすべて村上院長)。
「歯科で使う麻酔の多くは、歯ぐきに注射して痛みを抑える局所麻酔です。虫歯治療、抜歯、神経の治療、歯肉の切開など、日常診療のさまざまな場面で使います。患者さんにとっては痛みを和らげる薬で、歯科医療の現場にとっては診療を支える土台です」
歯科の現場では確実に緊張感が高まっているのだ。
「私が知る限り、歯科用局所麻酔薬は『オーラ注』(オーラ注歯科用カートリッジ)が国内シェアの7割程度を占めています。『オーラ注』を製造しているジーシー昭和薬品が供給できなくなると、途端に厳しくなる」
「オーラ注」は歯科用局所麻酔薬として広く使われてきた同社の主力製品だ。今回、製造プログラムの不具合に端を発した「オーラ注」の供給不安定によって、代替品に需要が集中。局所麻酔薬の品薄が深刻化している。ひとつの製品の不足が業界全体を揺るがしてしまう構造そのものが今回、露(あらわ)になった。
「これまで代替薬等でなんとか誤魔化しながらやってきましたが、そろそろ限界です。当院ではドクターやスタッフに『無駄に麻酔薬を使わないでください』と伝えています。そろそろ危険信号だと感じています」
今回の不足の背景には、いちメーカーの主力製品の製造トラブルだけでは説明がつかない、いくつもの構造的な問題があると言う。
「ひとつは先述の通り、ひとつのメーカーの製品がシェアの大半を占めていること。ふたつめが薬の原料や資材を海外に頼っていること。国際物流が乱れたり、地政学的なリスクが高まったりすると、どうしても供給が不安定になりやすい。
薬価の問題もあると思います。局所麻酔薬のように、特別目立つ薬ではないけれど現場では絶対に必要な薬ほど、薬価が下がる。採算が取りにくい。必要不可欠な薬なのに、利益が薄いがゆえに大量生産に踏み切りづらい。その状況が供給不安につながっているのではないかと感じます」
中東情勢の緊張も今後のリスクとなる。医薬品そのものだけでなく、石油由来の化学原料、包装資材、物流コストの高騰など多方面に影響が及ぶため、歯科用局所麻酔薬も決して無関係ではない。
政府が介入すべき段階に入っていると感じるが、いまのところ有効な手は打てていないというのが現状だ。
代替策は「自費診療で高額」
局所麻酔薬が尽きてしまった場合、対応策はあるのか?
「全身麻酔を使うという方法がありますが、設備や管理体制が必要になります。なにより、麻酔科医の管理が必要となりますので、一般的な歯科医院では難しい。可能となったとしても患者さんの経済的負担が増えます」
レーザー治療による虫歯治療も案としてあるが、万能ではない。
「レーザー治療には無麻酔で虫歯を削れるものがありますが、保険がきかない自費診療となり、治療費が高額になります」
患者にできることは何か。村上院長が強調するのは「なるべく早い受診」だ。
痛くなってから、腫れてから、我慢できなくなってから歯科に駆け込めば、治療はどうしても大がかりになる。麻酔が必要になる可能性が高まる。逆に、虫歯が小さいうちに見つけられれば、侵襲の少ない治療で済む場合がある。
「できれば虫歯ができる前に定期的に受診して見つけてほしいです。そうすれば大がかりな治療を避けられる可能性がグッと高まります」
安定的な在庫確保のために越えねばならないハードルは多い。イラン空爆のような予想外のトラブルが起こるリスクは避けられない。確実に打てる「自衛」という手を心掛けねばならない事態となっているのだ。

