深刻化する学校でのいじめ(写真はイメージです)

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 2022年5月、東京都杉並区の公立小学校でクラスメイトから殴られるなどのいじめ行為を受け、翌月から不登校となっているAくん。当時2年生だったが、今春、6年生になる。

 校長がそれをいじめだと認知したのは、約1ヶ月後。男子の不登校が始まり、保護者から「いじめの定義にあたるのでは」と指摘を受けた後だった。

 母親はSNS上で「らめーん」というアカウントを持つ弁護士であり、子育てについても発信していた。

〈叱られてごめんなさいをした後、ママが手を上げた時、なでなでしてもらえると思って待っている。この子は7年間、誰にも叩かれたことも、叩くぞと脅されたこともないんだなぁ〉(2021年11月15日「らめーん」アカウントのポスト)

 叩かれることを知らなかった男子、Aくんはその約半年後、クラスメイトからタックルをされ、鼻を殴られる、股の間に向けて膝蹴りされるなどの激しい暴力を受ける。Aくんが不登校になって以降、らめーん氏は情報公開請求を続けてきた。同氏の証言から、不誠実と指摘されても仕方ない学校側の、危機感に欠けた対応が浮き彫りになった。

深刻化する学校でのいじめ(写真はイメージです)

【前後編の後編】

【高橋ユキ/ノンフィクションライター】

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聞き取りもまともに行わず…

 2022年5月18日、クラスメイト6人からタックルを受けたり鼻を殴られるという暴力行為を受けた当時2年生のAくんは、以降も断続的に股の間付近を蹴られる、腹を殴られるなどの暴力や、暴力をふるった児童からの暴言を受け、同年6月20日から不登校となった。現在11件認定されている杉並区の重大いじめ事態のひとつであり、その最初の事案でもある。発生直後、学校が積極的な解決に向けて動いた形跡は見られなかった。そもそも被害児童であるAくん本人への聞き取りも学校側はまともに行わないままだった。

 Aくんが殴られた翌日、保護者から報告を受けたことにより、校長は加害児童らを集め、こう伝えた。

「女子の手を引っ張ったり追いかけたりしていたの? 助けてくれた人(Aくん)をからかうのは良くないよね」

 Aくんが殴られたのは、男子が女子の腕を引っ張っていたのを止めようとしたからだった。が、校長はAくんへの暴力よりも、男子と女子の揉め事の解決の方を重視していたようだ。そちらを先に挙げ「どうやって謝る?」と尋ねたという。これに児童らが「自分たちで謝る」と伝えたため、任せることにしたのだそうだ。一方で、Aくんの受けた被害については、適切な対応がなされなかった。

共有されなかった手紙

 こうした内幕は全て母親のらめーん氏が情報公開請求を続けた結果、判明した事実である。校長は「事情は聞いた」「指導した」と主張している。しかし、そう述べる割には、Aくんに暴力を振るった児童たちに、暴力の内容について聞き取りをしていない。

 らめーん氏は暴力行為についてAくんから聞き取った内容を、5月29日に手紙にまとめ、翌朝、校長に手渡した。「このお手紙を副校長に見せてもいいですか」と尋ねた校長に対し「もちろんです。どなたにも同じ意味が伝わるようにお手紙にしたんです」と返答した。ところが、この手紙は学校のファイルに綴じられることはなかった。同校の教諭らが事案を知ったのは、Aくんがすでに不登校となった同年夏のこと。らめーん氏による手紙は学校内で共有されないままとなった可能性が高い。

 殴られて以降のAくんは不登校になるまで、校門はくぐるものの、教室に入ることができなかった。同年6月18日に行われた合唱祭にも、加わることができず「僕は頑張れない」と泣いた。殴った加害児童のうち、Aくんの鼻を殴ったり、股の間に向けて蹴りを入れたりなど、もっとも苛烈な暴行を加えたのはBくんというクラスメイトだ。この合唱祭の前日、Bくんの母親から、らめーん氏に直接電話がかかってきた。このときBくんの母親は、Aくんの鼻を殴ったことは知っていたというが、股の間に向けて蹴りを入れたことは知らなかった。つまり学校は加害児童の保護者に対し、事案を正確に伝えていないことがわかる。

不安定になった心身状態

 Aくんが不登校になったのちの2022年6月25日、学校側とAくん家族との面談が行われた。この日、Aくん両親は、Aくんの心身の状態が不安定になっていることについて、学校に次のように伝えた。

「固形物は一日一食しか食べず、そのほかの二食はコーンスープしか口にしない」
「夜は寝付かず、寝付いても夜通し歯ぎしりをし、うなされている」
「歯を磨くと歯磨き粉がピンク色になるまで出血し、鼻血を毎日複数回出し、皮膚には内出血で模様ができている」
「Aが『みんなが敵に見える。パパもママも敵に見える。悪いけど』と言っている」

 校長はこの日、Aくんや両親に対して、しっかりと対応する旨、約束している。ところが、この“Aくんが心身に不調をきたしている”との両親からの報告を、次のように書面としてまとめた。

「コーンスープをよく飲む」

 中心となって対応にあたったはずの校長は、Aくんが“食欲旺盛な状態で不登校を続けている”かのように書類をまとめたのだ。さらに年度末の同校保護者会にて校長はAくんのいじめについて文書を読み上げたが、事前に草稿を確認したAくん家族が修正案を返送していたにもかかわらず、これを無視した。読み上げられた文書では、Aくんが希死念慮を持っていることが記されており、当時、家族はその事実が公表されることを望んでいなかった。被害児童への配慮にあまりに欠けていると言わざるをえない。

動きがない調査

 いじめ防止対策推進法第28条第1項には、いじめの重大事態について定められている。1号重大事態が「生命・心身・財産に重大な被害が生じた疑い」、2号重大事態が「相当の期間、学校を欠席することを余儀なくされている疑い」とされている。今回のいじめは、発生時から1号が疑われる事案であり、またAくんの不登校が29日続いたなかで不登校になったにもかかわらず、それから1ヶ月半以上が経過した2022年8月に開かれた同年の第一回杉並区いじめ問題対策委員会(第三者委員会)では、少なくとも2号には明らかに該当するといえるはずのAくんの事案を重大事態とすることが見送られた。Aくんは2022年12月、PTSDと診断された。しかし、本件が重大事態として扱われるようになったのは、翌23年5月に学校が杉並区教育委員会に対し、重大事態報告書を提出してからだ。

 本件は現在、「杉並区いじめ問題対策委員会」により調査が行われているが、報告書は未だ完成されていない。原案は2023年12月末に杉並区教育委員会よりAくん家族に送付されたが、事実と異なる記載があったため、らめーん氏が意見書を提出。のち面談を申し入れたが「すでに十分な書面を受領している」と断られた。その後、動きがない。また、意見書を受け取っているはずの区側は、議会で本件遅滞についての質問を受けた際に「保護者の書面を待っている」と回答した。すでに意見書を提出している母親のらめーん氏は、なすすべがない状況となっている。

区長の言葉

 調査結果公表が遅々として進まないなか、杉並区はいっぽうで「いじめに取り組んでいる」との姿勢をアピールしている。2025年11月25日から28日にかけては、杉並区役所ロビーとギャラリーで「子どもの権利・いじめに関するパネル展」を実施していた。

 学校に通えない状態が続くAくんが同月27日、情報公開請求のため、らめーん氏とともに杉並区役所に出向いていたところ、たまたまこのパネル展を見かけた。帰りの電車で激しく貧乏ゆすりをしたり、座席の仕切りを拳で何度も殴るなどしていたAくんは、帰宅後も夜明けまで眠れず、こう話していた。

「僕は殴り返さなかったことがずっと残っている。言わなかったことを残したくない。区役所に行く」

 翌28日、らめーん氏とともに区役所に出かけたAくんは、「ママが来ると、ママが僕を操っていると思われるからママは来ないで」と言い残し、ひとりパネル展の会場に向かった。

 パネル展会場に着いたAくんに対し、たまたま視察していた岸本聡子区長が声をかけてきたという。

「こんにちは。見に来てくれたんですか?」

 平日金曜日の昼間に区役所にいる児童が、何らかの事情で学校を休んでいることは区長にも分かるはずであろう。Aくんはここで、自分がいじめを受けて不登校になっていること、校長の対応に納得していないこと、そして、いじめ調査が終わらないままになっていることを、彼の言葉で伝えたが、区長はこう答えた。

「私もちゃんと取り組む責任がありますからね」
「一生懸命やってるんです」

 Aくんは言った。

「一生懸命取り組んでないからこうなってるんでしょ。一生懸命取り組んでたら3年間放置されないよ」

 必死のAくんの訴えに区長は「そう言われたら仕方がないね」と返答したという。

「僕にあったことを知ってほしい」

 杉並区は「いじめ問題対策委員会」による調査の終了時期を示すこともせず、Aくんはもうすぐ6年生になる。校長はすでに異動し、別の小学校で校長を務めている。Bくんは今も、学校に通っている。Aくん家族は転居した。

 Aくんは、いじめを受けた当初から、こう願っている。

「僕にあったことを知ってほしい。僕の気持ちを知ってほしい。勝手に変になってると思われたくない」

 ***

 本件について、杉並区の担当部署に見解を求めたが、議会準備に多忙であるとのことで、回答を得ることは出来なかった。

【前編】では、Aくんが受けたいじめの詳細について記している。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部