スマートフォンを使ったソーシャルゲームでは、一部の人の「お金の使いすぎ」が問題になっている。なぜ人は課金という「沼」にどんどんハマってしまうのか。東京大学経済学部の阿部誠教授は「ソーシャルゲームはさまざまな消費者心理を突く仕組みを備えている」という――。

※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/id-work)

■ゲームをやめればいいのに、なぜやめられないのか

ソーシャルゲームは基本プレイ料こそ無料ですが、ゲームの進行を有利に進めるためには道具・キャラクターなどのアイテムをそろえる必要(コンプリート)があります。こうしたアイテムは、一般に「ガチャ」と呼ばれるシステムを用いて、ランダムに出現します。

しかし、よりパワフルなアイテムを得るために、有料のガチャに多額の課金をしてしまう人が少なくありません。2012年、消費者庁が景品表示法に抵触するとして、注意喚起したことでも世間の話題になりましたが、欲しいアイテムが当たるまで何度もクジを引くユーザーには、何十万円という高額な課金が発生する問題が起きています。

なぜ人々はガチャにお金をつぎ込むのでしょうか。はたから見れば、ゲームをやめれば、この先の時間・お金・労力を自分にとってより有益なことに使えるのではないかと思えます。それができないのは、ひとえにソーシャルゲームがプレーヤーの心理を巧みに突く、多くの心理効果を組み合わせているからにほかなりません。

■「いまやめると、もったいない!」と思ってしまう

たとえば、これまでにつぎ込んだ投資が無駄になってしまうという感覚がゲームを継続させてしまう原因の一つとなっています。これは「サンクコスト効果」という心理効果が影響を及ぼしています。「すでに投入してしまい回収できない費用」のことをサンクコストと呼びます。

サンクコスト効果は、投資した金銭、労力、時間を無駄にしたくない思いから、損することが分かっていてもあとには引けないと誤った判断、選択をしてしまうことです。つまり「いまやめると、もったいない!」と思い、余計、その先の損失を増やしてしまうのです。

さらに問題なのは、サンクコストが大きければ大きいほど、やめづらくなるため、この誤謬が大きくなってしまうことです。費やしたお金や時間が多い人ほどゲームから離れられなくなり、ますますお金や時間を費やす「廃プレーヤー」と呼ばれるようになってしまうのは、サンクコスト効果が一因といえます。

サンクコスト効果はその典型例として超音速旅客機コンコルドの開発にまつわる話が有名なことから、「コンコルド効果」とも呼ばれます。コンコルドは開発途中に超音速旅客機のさまざまなデメリット(高騒音、低燃費、長い滑走路の必要性など)が出てきたため、賠償金などを払ってでも計画を中止した方がよかったにもかかわらず、サンクコスト効果により開発は継続されました。その結果、本来250機で採算がとれるところ16機しか製造されず、大きな損失を生み出したのです。

■なぜ、苦しくなるまでビュッフェを食べ続けるのか

日本でも八ッ場ダムのような公共事業の例があります。身近な話だと、年会費を支払ってしまったため、他にもっと有意義なことに時間を使えるのに義務感から行くスポーツクラブ、元をとろうと苦しくなるまで食べ続けるビュッフェ、あと一つで景品がもらえるという理由で必要ない買い物をしてしまうスタンプカード、損切りのできない株など、これらはすべて「いまやめたらもったいない」といって損失が拡大する例です。

サンクコスト効果が起きる理由は、すでに投資したので捨てられないという「損失回避」、投資を始めてしまったので惰性からなかなかやめられない「現状維持バイアス」、同じモノやコトに接触する回数が増えるにつれ、その対象に対して好印象を持ってしまう「単純接触効果(ザイアンス効果)」、当初の判断ミスの責任から逃れるための「自己正当化」、この時点で判断を覆して自分の失敗を認めたくないという自信過剰、自尊心を傷付けられたくないという評判の維持、などさまざまです。

■思い入れが冷静な判断力を削ぐイケア効果

多くのゲームではアイテムやその他の手段によってキャラクターをカスタマイズできるようになっています。これは昔からある仕組みで、ソーシャルゲームに限りません。90年代にヒットした「たまごっち」では、キャラクターにえさを与えたり、なでたり、プレーヤー自身がゲーム機を持ちながら歩いたりすることによって、独自のキャラにカスタマイズさせることができました。こうなると、プレーヤーは自分が育成したキャラクターに、単なる保有効果以上の愛着を感じてしまい、手放せなくなる「イケア効果」が発生して、ますますゲームをやめられなくなります。

イケア効果とは、自分用にカスタマイズされた成果物や対象に対する愛着が、自身が投入した労力、時間、費用というサンクコスト効果をさらに増強する現象です。イケアの製品は消費者が自ら組み立てるようになっていますが、苦労して組み立てた家具には愛着があり、値段以上に価値を感じてしまう現象を米国デューク大学の消費者行動研究者アリエリーはイケア(IKEA)効果と呼びました。

イケア効果を示す例として、次のような話をご紹介しましょう。昔、アメリカのあるメーカーが、水を加えて混ぜて焼くだけでいいパンケーキミックスを発売しましたが、あまり売れませんでした。その理由は、料理があまりにも簡単なので、周りから手抜きをしていると見られることを主婦たちが心配したからでした。そこでメーカーは、ミックスから卵と牛乳の成分を除き、それらを料理人があとから加えるようにレシピを変更した製品を売り出したところ、爆発的に売れたそうです。

■他のプレーヤーと“つながる”とやめづらい

ここまでソーシャルゲームにさまざまな心理効果が内在することをお伝えしましたが、これに追い打ちをかけるのが、他のプレーヤーとコミュニケーションを図ったり、共有したり、競ったりできるソーシャルな側面です。これは強い「同調効果」を生み出します。自分独自のキャラクターを自慢したい、ほめてほしい。人は誰でも他人に認められたいという承認欲求があります。

阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)

以前であれば、「たまごっち」のスクリーンを周囲の友人に見せていたのでしょうが、オンラインゲームではそれを世界中の人に対して公開したり、コメントをもらったりすることが可能になります。ハイスコアを達成したため、レジェンドとして称賛されれば有頂天です。

また、ゲームのスコアやクリアしたステージのランキングが、他のプレーヤーと共有されれば、競い合うモチベーションは高まって、ゲームを続けてしまいます。あるいは他のプレーヤーと共有・協力しているので、自分だけの都合ではやめづらいこともあるでしょう。

このように、ソーシャルゲームには多数の心理効果が組み込まれています。一度はまるとなかなか抜け出せない人が少なくない理由はここにあったわけです。

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阿部 誠(あべ・まこと)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。2003年にJournal of Marketing Educationからアジア太平洋地域の大学のマーケティング研究者第1位に選ばれる。おもな著書に『(新版)マーケティング・サイエンス入門:市場対応の科学的マネジメント』(有斐閣)などがある。

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(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠 写真=iStock.com)