西新宿の旧町名(柏木、角筈)

写真拡大 (全8枚)


東京に今なお残る旧町名を紹介するこの企画。今回は前回に引き続き、西新宿の旧町名「柏木」と「角筈」をご紹介いたしました。

(1)柏木


【消滅年】1971(昭和46)年
【現町名】西新宿、北新宿
青梅街道以北一帯が、かつて柏木という町名だったところです。この柏木ですが、中野区に隣接するように形成され、1〜5丁目まで存在していた非常に広範囲な町だったようです。その中で今回は柏木一丁目、最近まで住んでいた西新宿8丁目界隈を散策して参りました。そして青梅街道に程近いところで上の表札を発見しました。この表札でグッとくるポイントは、新宿区ではなくその前身である東京35区時代の「淀橋區」なところです!グッときませんか?


「新宿区」柏木のものであれば未だに至る処で目にしますが、淀橋區となりますと大変貴重ではないでしょうか。ちなみにしっかり新宿区柏木も併置されております。粋な計らいですね。さすが老舗料亭。



西新宿8丁目の名物といえば、手書き看板。私が住んでいた当時と比べるとその数は大分減少していましたが、それでも町内に点在しており、犯罪の抑止に一役かっており、そのお陰で町内は今日も平和です。


ちなみに平成23年1月時点で最大の看板がこちら。


その天神様というのがこちらの成子神社。構内には富士塚があり、正月の時期には七福神参りの登頂が可能です。ただし、山頂から見えるものは富士山ではなく、建設中の高層ビル。そりゃあ看板も嘆くよ。

(2)角筈


【消滅年】1978(昭和53)年
【現町名】西新宿、新宿、歌舞伎町


つのはずと読みます。西新宿は元より、東側の歌舞伎町の一角にまで及ぶ、新宿駅を挟み東西にわたるこちらも広範囲の町でした。現在はほぼ商業地である中で、西新宿3丁目だけはこのようにひっそりとしています。そして見つけました!


こちらが平成の今に残る角筈です。現在の町名ではお目にかかれないオリジナリティー溢れる名前にグッときますね。きてますか?


この辺りも近い将来、向こう側の様に再開発が実施され、これらの風景も消滅していくのでしょうね。

なお、角筈という名前の由来は江戸時代にこの地を開拓した渡辺与兵衛の頭髪の束ね方が角や矢筈に見えた事から、というのが新宿区教育委員会の見解です。しかし角に見える頭髪ってどんなだったんですかね?バッファローマンみたいなのかな。仮に渡辺氏が違う頭髪だった場合は、別の町名になっていた可能性もあったわけですよね。渡辺氏がアフロじゃなくてよかったね。バッファローマンじゃん!


以上、今回も西新宿に今なお残る旧町名をご紹介いたしました。ありがとうございました。



■関連記事
え?それただのかべに見えますか?〜ヌリカベトマソン〜
コミュニティバスで復活した「一里塚」バス停と、西ヶ原散策
城下町を散歩して地方小銭湯を楽しむ 小田原編
換気口、夢の共演
永遠のお姫様スター、松山容子のボンカレー