茂木健一郎「中庸を貫くのとは違う」極端から極端に振れてもいい人生のバランス
脳科学者の茂木健一郎氏が自身のYouTubeチャンネルで「バランスをとることは、最初から「ゼロ」ではないんだよ。」を公開した。動画では、人生における「バランスの取り方」について、中庸を保つだけではない独自のアプローチとスタンスを語っている。
茂木氏は冒頭、バランスを取るということは「ある意味で反対側に行くということ」だと定義した。日々の生活や人生を振り返った際、特定の要素が突出している、あるいは特定の物事ばかりをやり過ぎていると気付いたときに、あえてその真逆の方向へ向かうことが重要だと指摘している。
続けて、一般的に考えられがちな「中庸を貫くということとも違う」と語り、極端から極端に振れる生き方を肯定した。「こっちの極端があって、こっちの極端があって、全体としてはバランスが取れていて、しかもこの極端と極端が同じ一人の人の中にいるという、これが面白いところ」と述べ、振り幅の大きさが人間としての魅力や面白さにつながるという見解を示した。
具体例として、茂木氏自身の日常に言及。コンピューターやスマートフォンを見る「スクリーンタイム」が非常に長い一方で、走っている時は完全に「デジタルデトックス」の状態になり、何も考えずに体を動かしていると説明した。このデジタルとアナログの両極端の行動が、自身の人生のバランスを形作っているのだと語る。
さらに、対人関係においても「1人でいるってことと、誰かといるってことの間のバランスも重要」と言及した。「ずっとみんなといると疲れちゃう」と本音をこぼす一方で、「ずっと1人でいると寂しい」と人間が抱える感情に触れ、両方の時間をうまく調和させることが、物事を円滑に進めるための秘訣だとしている。
最後に茂木氏は、バランスを取ることは決して最初から「ゼロ」である必要はないと強調する。「プラス1とマイナス1、プラス2とマイナス2」のように、極端な振り幅を持たせた結果として全体を相殺する形でも良いと主張した。そして「たった一度の人生ですよ、楽しく生きましょうよ」と視聴者に優しく語りかけ、相反する要素を持ち合わせながらも全体で調和を保つ、豊かな生き方を推奨して動画を締めくくった。
茂木氏は冒頭、バランスを取るということは「ある意味で反対側に行くということ」だと定義した。日々の生活や人生を振り返った際、特定の要素が突出している、あるいは特定の物事ばかりをやり過ぎていると気付いたときに、あえてその真逆の方向へ向かうことが重要だと指摘している。
続けて、一般的に考えられがちな「中庸を貫くということとも違う」と語り、極端から極端に振れる生き方を肯定した。「こっちの極端があって、こっちの極端があって、全体としてはバランスが取れていて、しかもこの極端と極端が同じ一人の人の中にいるという、これが面白いところ」と述べ、振り幅の大きさが人間としての魅力や面白さにつながるという見解を示した。
具体例として、茂木氏自身の日常に言及。コンピューターやスマートフォンを見る「スクリーンタイム」が非常に長い一方で、走っている時は完全に「デジタルデトックス」の状態になり、何も考えずに体を動かしていると説明した。このデジタルとアナログの両極端の行動が、自身の人生のバランスを形作っているのだと語る。
さらに、対人関係においても「1人でいるってことと、誰かといるってことの間のバランスも重要」と言及した。「ずっとみんなといると疲れちゃう」と本音をこぼす一方で、「ずっと1人でいると寂しい」と人間が抱える感情に触れ、両方の時間をうまく調和させることが、物事を円滑に進めるための秘訣だとしている。
最後に茂木氏は、バランスを取ることは決して最初から「ゼロ」である必要はないと強調する。「プラス1とマイナス1、プラス2とマイナス2」のように、極端な振り幅を持たせた結果として全体を相殺する形でも良いと主張した。そして「たった一度の人生ですよ、楽しく生きましょうよ」と視聴者に優しく語りかけ、相反する要素を持ち合わせながらも全体で調和を保つ、豊かな生き方を推奨して動画を締めくくった。
YouTubeの動画内容
関連記事
茂木健一郎「人生はエピファニーを待機しているもの」脳科学者が語る「刹那」の力
茂木健一郎「第二の故郷への出会いだった」人生を変えた『赤毛のアン』の魅力を力説
「高市早苗氏への抗議はこれが現実」茂木健一郎が指摘する沖縄の複雑な声と基地問題の深層
チャンネル情報
一人ひとりの「個性」が活かせて、「自由」で、「創造的」な生き方ができるように、応援するような発信をしていきたいと思います。複雑な現代を生きるための、科学、社会、本、音楽、映画、文化、芸術、人間、コメディを扱う総合的な脳の教養のチャンネルです。人間の脳のこと、人工知能のこと、創造性のこと、個性のことなどを考えます。