「僕は、もう二度とここに来ない」…息子からの“絶縁宣言”。68歳男性〈年金月18万円〉〈資産5,600万円〉で安泰のはずが、“圧倒的な虚しさ”が広がる老後
「こんなに貯めて、何のためだったんだろう」。無駄遣いを避け、家族にも節約を求めながら貯蓄に明け暮れた人生。老後のため、子どもに迷惑をかけないため――。しかしその結果、お金が残っても“本当に大切なもの”を失ってしまったとしたら、どうでしょうか。事例と共に見ていきましょう。
「お金がない」が口癖…家族を道連れにした倹約人生
後藤さん(仮名・68歳)は5年前に妻を亡くし、一人暮らし。手元には、生前の妻と共にコツコツと積み上げた5,600万円の貯金があり、毎月の年金も18万円。経済的な不自由のない老後です。
しかし、後藤さんには消えない後悔があります。それは、一人息子・聡さん(35歳)との間にできた、埋めようのない深い溝です。
「うちにはお金がないから」
それが後藤さんの口癖。現役時代の後藤さんは、年収のピーク時で900万円。亡き妻もパートで働いていたため、世帯年収は1,200万円を超える時期もあり、家計は十分に豊かでした。しかし、暮らしぶりは質素そのものでした。
狭い賃貸住宅に住み、食事も質素。外食は月に一度あればいい方で、旅行も日帰りの近場がせいぜい。妻がたまの贅沢を望んでも、「そんな無駄遣いをするな」と一蹴。妻は文句ひとつ言わず、後藤さんの顔色を伺いながらパート代のほとんどを貯蓄に回し、生活費を削り続けました。
当然、一人息子の聡さんにも贅沢はさせません。後藤さん自身が貧しい環境で育ったこともあり、「子どもに贅沢は不要」という価値観が骨身に染みついていたのです。聡さんが大学受験の際も、条件を付けました。
「受験は3つまで。遠くて電車代が高いところは駄目だ」
聡さんは枠内から大学を選び、学費の一部として奨学金を借りて進学。卒業後は就職し、実家を出て独立しました。
「お金を貯められてよかったね、さようなら」息子からの絶縁宣言
聡さんが巣立った後も、後藤さんが節約の手を止めることはありませんでした。退職金が入ると、妻を連れて近場の温泉へ。「あと5年たったら自由だ。そうしたら老後はゆったりと暮らせるぞ」……そんな話をしたといいます。
ところが、妻は脳出血で急逝。老後は来ませんでした。葬儀が終わると、後藤さんは聡さんにこう伝えます。
「親ひとり、子ひとりになってしまったな……。でも、実は5,000万円以上貯金があるんだ。お前に迷惑はかけないから安心しろよ」
しかし、それ以降、聡さんは実家にまったく帰ってこなくなったのです。
「お前、なんで帰ってこないんだ」
耐えかねた後藤さんが苛立ちをぶつけると、返ってきたのは、思いもしない言葉でした。
「小さい頃からずっと、うちはお金がないって言ってたよね。だから、欲しいものも我慢して、行きたい大学も諦めた。妥協して入った大学の奨学金を、俺は今も返済し続けてる。でも、お金はあったんだ」
聡さんの声は震えていました。
「それだけじゃない。お母さんに我慢ばかりさせてたよね。何のために働いて、あんなに節約させられてたの? 家族の幸せを犠牲にして、お金を貯められてよかったね。僕はもう二度とここには来ないから、そのお金で生きていってください」
聡さんの静かな怒りに、後藤さんは言葉を失いました。「お金がない」という口癖は、息子にとっては家族に我慢を強いる“呪いの言葉”だったのです。
それから1年半ほどして、聡さんが結婚したということを親族経由で後藤さんは知ることに。後藤さん自身への報告はありません。
資産に不安はなく、健康状態もまずまずの老後。それなのに、胸に広がるのは、圧倒的な虚しさだけです。
親の言葉が子どもの心に残すもの
家計の方針について、「子どもにはお金の現実を教えるべき」「あると言って甘えさせてはいけない」など、さまざまな意見があるでしょう。ただ、後藤さんのケースにおいての問題は、お金を出すかどうかより「どう伝えるか」という誠実さの欠如、そして「家族の現在の幸せ」を犠牲にしすぎた点にありました。
「夫婦の老後のため」「息子に迷惑をかけないため」……そんな目的があったとしても、うちは貧乏だからと家族に我慢させるのではなく、「我が家の将来のために、いまはこれだけの予算でやりくりしたい」「協力してくれてありがとう」と、正直に感謝を伝えていれば、息子の受け止め方は違ったものになっていたはずです。
厚生労働省「令和5年簡易生命表」によると、男性の平均寿命は81.09年、女性の平均寿命は87.14年。長寿化が進む一方で、年金だけでは心もとない時代、現役時代にお金を貯める努力をすることは、間違いではありません。しかし、人生はいつ終わるかわかりません。また、そのお金を持って死ぬこともできません。
貯金残高は増やせても、失われた家族との時間は二度と取り戻せない――後藤さんの後悔は、そのことを静かに物語っています。
