「金がない、働く場所もない」築52年・商店街に佇む古びた実家が“まさかの5,000万円”に。“棚ぼたの大金”に有頂天の49歳息子だったが…わずか3年後に直面した「哀しすぎる現実」【CFPが解説】
相続した実家の処分に困っていた状態から一転、高額で売却して大金を手にできた――。まさに、夢のようなラッキーといえる状況です。しかし、棚ぼた的に大金を手にすると、平常心を失い、あっという間に使い切ってしまうリスクも。今回は、実家を思いがけない金額で買い取ってもらえた会社員が、最後にはお金も職も失ってしまった事例から、大金を手にした場合に資産を守る方法を、CFPの松田聡子氏が解説します。
「あんなボロ屋が…おやじ、ありがとう」―帰りたくなかった実家が、まさかの5,000万円に
池田卓也さん(仮名・当時49歳)は、東京都内に一人暮らしをする会社員でした。埼玉県の商店街で両親が営んでいた店舗兼住宅――築52年の古びた建物は、幼い頃から「早く出たい」と思っていた場所です。2年前に母が、そして今年に入って父が他界し、その実家が空き家になりました。
「買い手はいないだろう、困ったな」
そう悩んでいたところに、地元の不動産業者から「商店街一帯をまとめてマンション用地として買い取りたい」という連絡が。「渡りに船」と売却に応じた卓也さん。手数料などを支払った後の口座には、ほぼ5,000万円に近いお金が残っていたのです。
「あのボロ家がこんなに高く売れるなんて。おやじ、ありがとうな」
両親への感謝の気持ちに嘘はありませんでしたが、卓也さんは一気に気が大きくなりました。そして、もともとくすぶっていた職場への不満が、上司との些細なトラブルをきっかけに爆発。勢いで退職届を出してしまったのです。
「これだけあれば、しばらくは余裕で暮らせる。どうせなら、この金を元手に投資で増やそう」
今まで投資らしい投資をしたことのない卓也さん。しかし、初めて手にする大金に、かえって「減らしたくない、増やしたい」という思いが強くなりました。こうして、見よう見まねで株式投資を始めたのです。
加速度的に溶ける資産…退職から3年後の「哀しい現実」
最初の数ヵ月は相場の地合いも良く、コンスタントに利益が出ました。当初は毎月15万円程度の投資の利益で十分満足でした。
しかし、土地を売った翌年は所得税や住民税、国民健康保険料などで500万円近い支払いが必要です。そこは承知していた卓也さんですが、大金を手にした気の緩みから、月々の生活費はむしろ上がっています。
「月15万じゃ生活費が足りない。でも、元本を切り崩すのは嫌だ。もっと効率よく、月50万、100万と稼げる方法にシフトしないと」
利益が出たことで、自信は大きくなるばかりでした。
「俺は投資の才能があるんだから、専業投資家になってもっと本格的に取り組もう」
卓也さんはそう考え、FXや信用取引など、よりハイリスクな投資に手を出すようになりました。しかし、才能などあるはずもなく、運任せのトレードを続け、やがて1日で100万円を超える損失を出す日が続きます。損を取り戻そうと、さらに大きなポジションを取る――その繰り返しが、資産を加速度的に溶かしていきました。
そして、退職から3年。卓也さんの手元に残ったのは、300万円を切る現金だけです。
52歳になった今、独身、直近の職歴は「投資家」。正社員への再就職を目指して応募を続けていますが、書類すら通らない日が続いています。
「投資家なんか目指すんじゃなかった。あのとき会社を辞めなければ。いい気になって、なんてバカなことをしたんだろう」
後悔しても、失った大金はもう戻ってきません。
「棚ぼた」の大金が判断力を狂わせる――転落の構造
卓也さんのケースは、決して特異な例ではありません。相続や不動産売却による「不労所得的な大金」を手にしたとき、人はリスク感覚が鈍化しやすいといわれています。自分で稼いだお金と違い、もともとなかったお金という感覚が、損失への警戒心を薄めてしまうと考えられます。
加えて、卓也さんが陥ったのが“ビギナーズラックの罠”です。投資を始めた時期が相場の好調期と重なると、市場の追い風を自分の実力と混同しやすくなります。
利益が出ている間は自信が膨らみ、より大きなリスクを取るようになる――この心理の連鎖が、FXや信用取引といったレバレッジ投資へつながります。レバレッジとは少ない元手で大きな取引を行う仕組みで、相場が想定と逆に動いた場合、損失は一気に加速するのです。
さらに深刻なのが、退職という選択です。5,000万円という金額は、一見すると「10年以上生活できる」ように見えます。しかし会社員が退職すると、健康保険料・国民年金保険料の全額自己負担が始まり、住民税の支払いも続きます。年間の社会保険料負担は、独身・40代後半の場合で50万円を超えることも珍しくありません。投資の損失とは別に、生活コストが静かに資産を削り続けていたのです。
そして、50代での再就職には厳しい現実があります。厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によると、50〜54歳男性の転職入職率はわずか4.7%、55〜59歳では4.3%にとどまります。転職入職率とは就業者数に対する、過去1年間に「転職して新しく入ってきた人」の割合です。
転職が活発な20代〜30代前半に比べて半分以下に下がり、50代になると現状維持を選ぶ人が増えるだけでなく、中途採用市場における50代向けの受け皿(求人)自体が限定的であることが浮き彫りとなっています。
同調査では、55〜59歳で転職した男性のうち、賃金が減少した割合は36.6%と、増加した27.4%を大きく上回っています。空白期間が長く、直近の職歴が専業投資家ともなれば、採用はさらに狭き門となるでしょう。
まとまったお金を「守る」ために、FPが伝えたい3つの原則
突然まとまったお金を手にすると、人は気が大きくなりやすいものです。しかし、そんなときこそ大切なのが「すぐに使わない」ことです。
カードローンのような借金がある場合には返済に充てるべきですが、クルマを買い替えるなどの急を要さない消費は控えるほうが賢明です。使い道が決まるまでは、定期預金や個人向け国債など、元本割れリスクの低い商品に一時的に置いておくだけでも十分です。増やすことより守ることを優先する。それが、大金を受け取った直後には重要になります。
投資を始める場合も、「生活防衛資金」を必ず確保しましょう。生活防衛資金とは病気や失業などで収入が途絶えたり、突然大きな支出が発生したりした場合に備えるお金です。生活費の2年分程度は、絶対に手をつけない聖域として別管理にしておきます。
そのうえで、余剰資金のごく一部で、多少のリスクをとって投資を始めてみましょう。運任せでなく、投資の基本や資金管理を身につけることも大切です。FXや信用取引などのレバレッジ投資は、少ない元手で大きな損失を抱える可能性があるため、投資経験が浅いうちは安易に手を出さない方がよいでしょう。
そして最も重要なのが、「退職は、資金計画を立ててから」という原則です。会社を辞める前に、社会保険料・税金・生活費をすべて含めたキャッシュフローを試算してみましょう。一時の感情で退職を決めてしまうと、資産はどんどん目減りします。冷静になり、この現実を数字で確認すれば、生活に困窮するリスクを避けられるでしょう。
卓也さんは今、ハローワークの中高年層(ミドルシニア)専門窓口に通い始めました。正社員への道は簡単ではありませんが、まず生活を立て直すことが最優先です。残り300万円を守りながら、一歩ずつ再建のステップを踏む――それが今できる、最善の選択です。
松田聡子
CFP®
