写真はイメージです

写真拡大

中小企業庁の資料では、日本の開業率は近年おおむね5%前後で推移しており、「起業」は珍しい挑戦ではなくなりつつある。副業が好調でも、その延長で独立・起業すれば同じように成功するとは限らない。住宅ローンや教育費を抱えたまま挑む独立の危うさについて、財務コンサルタントの見解もあわせて見ていきたい。
◆自由を夢見た副業成功の先に

「こんなはずじゃなかった。独立すれば、もっと自由になれると思っていました」

石川勝さん(仮名・42歳)は、夜中の国道を走る配送車のハンドルを握りながら、今でもそう自分に言い聞かせることがあるという。

一年前まで、石川さんは冷房の効いたオフィスで部下を指導する立場にあった。新卒から20年間、中堅メーカーで営業職として勤め上げ、40歳を過ぎて管理職に昇進。年収は約650万円。専業主婦の妻と、当時小学3年生だった息子。住宅ローンの残る都内のマンションで、何不自由ない暮らしを送っていた。

転機は、数年前に軽い気持ちで始めた輸入物販の副業だった。

これが思いのほか軌道に乗り、毎月安定して30万円ほどの利益が出るようになった。本業の合間にこれだけ稼げるなら、専業になればもっと伸ばせる――。そう考えるようになるのに、時間はかからなかったという。

「本業の合間でこれなら、専業になれば投下時間は倍以上になる。会社を辞めれば年収1000万円なんて通過点だと思っていました。上司や社内政治、満員電車からも解放される。自分の人生がようやく始まるような気分でした」

◆家族の不安を置き去りにした独立

だが、独立の話を切り出したとき、妻は猛反対だった。

「今の安定した生活を捨てる意味がわからない」
「住宅ローンや子どもの教育費はどうするの?」

泣きながら止める妻に対し、石川さんは副業の売上推移のデータを見せ、「専業になれば今の倍は稼げる」「家族にもっと贅沢をさせられる」と説き伏せた。最終的には、石川さんが押し切る形で独立が決まった。

話し合いの末に交わした約束は2つあった。ひとつは、「絶対に会社員時代の手取り(月30万円強)を下回らないこと」。もうひとつは、「退職金を含む貯金約1000万円が半分の500万円を割ったら、未練なく事業を畳んで再就職すること」だった。

「今思えば、その約束をいちばん軽く見ていたのは、自分でした」

退職の日、同僚たちから「自分の力で稼いでいくなんて、本当にすごいですね」と羨望の眼差しで見送られたとき、石川さんは完全に“勝ち組”になったつもりでいたという。

◆好調だった事業を襲った急変

独立直後は、実際に順調だった。ピーク時には月商約150万円、手元に残る純利益は約50万円。会社員時代の給与を完全に超え、「やはり自分の判断は正しかった」と気が大きくなっていった。

だが、独立からわずか半年後、状況は一変する。

急激な円安の進行が、輸入ビジネスの利益率を直撃。さらに、主力商品を扱っていた販売プラットフォームの規約変更で、検索アルゴリズムが変わり、それまで売れていた商品が一夜にして圏外へ追いやられた。

月50万円あった利益は、あっという間に消えた。規約変更後の月商は10万〜15万円まで激減。それでも石川さんは、「まだいける」「これは一時的な調整だ」と自分に言い聞かせ、焦りに任せて仕入れだけは月50万円規模で続けた。結果として、手元に残る利益は毎月マイナス30万〜40万円の赤字に転落。住宅ローン、食費、教育費といった家計の支出も含めると、毎月60万〜70万円の現金が口座から消えていく状態になっていた。

自宅の空き部屋は、やがて売れない商品の段ボールで埋まり始めた。最初は「一時保管」のつもりだった在庫は、気づけば天井近くまで積み上がっていたという。