【為替】円安160円阻止方針の舞台裏
1月までに決まっていた円安阻止の方針
2025年10月、高市政権が誕生すると、米ドル/円は150円を超えて上昇し、年末には160円に迫る動きとなった。経団連や経済同友会など有力な経済団体は政府に対して、「国力の観点からは、長期的には円高が望ましい」として、円安の阻止・是正の要請を強めた。こうした中で、通貨当局では、収益が増える輸出企業も含めて、さらなる円安は好ましくないとの声が大勢を占めていると判断、円安を阻止する方針を固めたと見られる。
年明け、2026年1月12日に、ワシントンDCで片山財務大臣とベッセント財務長官による日米財務大臣会談が開かれた。それから間もない1月16日、片山財務大臣は定例の閣議後の会見で、以下のように発言した。
「私とベッセント長官の間で最近のファンダメンタルズを反映しない動きについては行き過ぎであるという認識を双方で共有し (中略)、その日米の合意の中には介入が含まれているということでありまして、私は再三あらゆる手段を含めて断固たる措置をとらせていただくということを言っておりますので、双方とも足元の動向については憂慮しているということに尽きると思います」。
ここで片山大臣が、基本的に為替介入の示唆とされる「断固たる措置」という表現を使ったのは、直前の日米財務相会談で160円を超える円安は容認せず、米ドル売り介入を実施することについて米国側から了解が得られたということだったのではないか。以上から考えられるのは、160円以上の円安を容認せず為替介入を行うという方針は、2026年1月までの時点で決まっていた可能性があるということだ。
片山財務大臣と三村財務官、それぞれの考え方
1月23日、日銀の金融政策決定会合後に円安が進行、160円に迫ったところで、日本の通貨当局は為替介入の前段階と受け止められている「レートチェック」に出動した。その上でさらにNY時間に入ると、米当局も「レートチェック」を行い、それはまさに「サプライズ」だったため、米ドル/円はその日のうちに155円台まで一段と円高となった。
ところで、為替介入の陣頭指揮者である三村財務官が初めて「断固たる措置」と発言したのは、円安がついに160円を超えた直後の3月30日のことであり、片山大臣より2ヶ月以上も後だった。こうしたことから、片山大臣と三村財務官の間で考え方の違いがあるとの憶測もあった。
両者は、「160円以上の円安を容認しない」という方針では一致していたものの、そもそもその前提となる「行き過ぎた円安」や「投機的円安」という点については、これまでの尺度では説明するのが難しかった。よく引用される投機筋のデータなどを参考にする限り、3月頃までは必ずしも「投機的円安」とは言えなかった。にもかかわらず「160円以上の円安を容認しない」という方針が決まっていたことが、片山大臣と三村財務官の発言の違いになった背景だったのではないか。
為替介入開始前の「最後の退避勧告」が想定していた対象とは?
2月末の米国等によるイラン攻撃、それを受けたホルムズ海峡封鎖という原油等の供給不安に伴うインフレ再燃への懸念から米金利が上昇すると、4月に入り米ドル/円は「レートチェック」が行われた水準を超え、ついに160円の大台も突破した。
そうした中で、4月30日、片山大臣は、「かねてから申し上げていた断固たる措置を行うタイミングがいよいよ近づいてきた」と述べた。その後、三村財務官は、「これが最後の退避勧告です」と述べた。
三村財務官の頭の中にあったのは、介入で円高にすることで、FX取引で円売りを行っている個人投資家が損失を被ることだった。そう考えると、「退避勧告」という表現を使った意味がより理解できるのではないか。
日本単独介入以外の円安是正のための選択肢
その後、日本の当局が実際に米ドル売り・円買い介入を行うと、米ドル/円は一時155円割れ近くまで急落した。ただイラン戦争が終結せず、原油価格の高止まりが続く中で、インフレ再燃への懸念から米国の利上げ予想が浮上、日米金利差が拡大すると、米ドル/円もそれに沿って上昇し、1ヶ月も経たないうちに介入を始める前の水準まで米ドル高・円安が戻るところとなった。
これについて当局関係者たちは、「介入をやっていなかったら、今頃は160円を大きく超えて165円を目指していただろう」として、まずは160円以上の円安を回避したことに満足していた。その上で、2024年の介入局面のような極端に「行き過ぎた円安」、「投機的円安」との状況とは異なる中で、今回円安を160円程度で止めるためには、日本単独の介入だけでは不足であることも理解していた。
そして円安が長期化する中で根深い円安マインドがある。これを払しょくするためには、米ドル/円の水準を大きく変える必要があり、そのためには日本単独の為替介入以外に、円安是正策の選択肢を増やす必要がある、そうした当局者たちの戦略が改めて試される局面が訪れそうだ。
吉田 恒 マネックス証券 チーフ・FXコンサルタント兼マネックス・ユニバーシティ FX学長
