私たちは何を恐れて沈黙してしまうのか……脳科学者・中野信子が分析する「日本人特有の『恐怖』の構造」

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「なぜ、相手や周りの気持ちがわかりすぎる人ほど生きづらいの?」――。

職場や学校で、「空気」という暗黙のルールの中で生きなければならない私たち。さらに今、激変し続ける社会情勢を受け人々の不安はいや増し、空気の圧力は強まるばかりです。

そこで、中野信子さんが日本人の心性と強みを、脳科学・遺伝学・行動科学をとおして初めてひもとき、多くの共感を呼んだ大ベストセラーに、対処法を加筆したのが『新版 空気を読む脳』です。

日本人に特有の「空気を読む」能力を知ることが、賢く生き延びるための武器となります。バッシングや正義中毒、同調圧力を生みやすい日本人の特質を、第1回(前編)では探っていきます。

「特殊な文明圏」と定義された日本

サミュエル・ハンチントンはその著書『文明の衝突』(集英社文庫)において、日本を「唯一、一国で一つの文明圏(日本文明)を形成する」というきわめて特殊な存在として定義しました。

もちろん、この主張に関しては、少なからぬ異論がないわけではありません。ハンチントンの論の中で儒教文明圏としてまとめられている国や地域は、日本を含めたかたちで東アジアとして一括りにされることのほうが多いでしょう。

漢字という共通の文字をベースとし(現在の朝鮮半島ではハングル文字が使用されるようになりましたが、名前は依然として漢字表記であるなど)、容姿の特徴も似通っており、他人種で私たちの見分けがつく人は少数派でしょう。長幼の序を重んじるなどの礼節を共有し、対人関係の基本的な態度のひな型としてたがいに近縁のものを持ってもいます。同じ文明圏として扱うべきだという考えはごく自然に生まれてくるものと言えるでしょう。

けれどもハンチントンは一般的であろうその通念とは一線を画して、日本を「特殊な文明圏」として取り扱いました。

このことは、彼の理論の中でも非常に特徴的であり、かつ、大きな議論を呼んだところでもあります。

そこで私は、ハンチントンの分類をあえて肯定的にとらえるかたちで、日本の特殊性についての議論に一石を投じてみようと思うのです。日本で生まれ、日本語を母国語として育った、日本人著者だからこそできる解像度の高い観察や、当事者だからこそ言及できる分析があろうかと思います。

そして、ハンチントンの言う孤立した(世界中で唯一、一国で一つの)文明圏という視点と、まさにこの日本社会を支配する「空気(場の空気)」という概念を掛け合わせると、なぜ現代社会で「空気を読む」ことがこれほどまでに抗し難い厳しい規範となり、逸脱者への激しい攻撃が正当化されるのかという問いに答えるための、重要なピースが見つかるのではないかと思うのです。

遺伝学、行動科学、脳科学から日本人を探る

日本人は、「恩」や「義理」を大切にし、何かを受け取ったならば相応のものを相手に返していこうとする――と、かつてアメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトはその著書『菊と刀』(講談社学術文庫)の中で論じました。

多くの方が、この本のタイトルを目にしたことくらいはあるでしょう。1946年に刊行された書籍です。戦時中に、ベネディクトは敵国であった日本と、日本の人々を対象として研究し、それをまとめあげて、終戦後に出版したのです。

この本を読んだことがなく、タイトルだけしか知らない、という方でもおそらく、欧米が罪の文化、日本が恥の文化、という二項対立がこの書籍の中で展開されていることはよくご存じでしょう。むしろ、「罪」と「恥」の対比のほうが、恩と義理の互酬性(ごしゅうせい)についてよりも有名なくらいかもしれません。

ベネディクトは、恥の概念もまた、恩と義理の文脈の中でとらえられると分析しています。恥を知る人間は、恩や義理を受けたことを生涯にわたって忘れず、どこかでそれに報いたいと行動するものである――だからこそ、恩や義理を受けたと感じた日本人は、なんとかしてそのお返しをしようと試みるのだ、というのです。恥知らず、と呼ばれることが、日本人にとっては最大の屈辱であり恐怖だからだ、というわけです。

ベネディクトがどの程度日本人のリアリティを理解していたかはともかく、現代の遺伝学、行動科学、脳科学から得られる知見とそう乖離しているわけでもない。同調圧力に従いやすく、不安が高く、社会的排除を起こしやすい日本人の特質が端的に記述されているのは大変面白いところです。各性質については今後詳しく見ていきます。

互酬性というのは、心理学では「返報性(へんぽうせい)の原理」がこれに相当すると考えられる概念です。何かをしてもらった、あるいは与えてもらったときにはそれに対して報いなければならないという心理状態が誘起される、という現象です。

ところでこの返報性の原理ですが、逆もまた然りです。受けた恩を返さなければならないと考えるのと同様に、受けた屈辱も返したいと人間は思うのです。日本にも、仇討ちに成功した者を英雄として尊んだり、逆に仇討ちをしない者を不忠者と呼んだりする風土が歴史的にはありました。『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』が200年以上も時代を超えて上演されてきたというのも、興味深い現象であると感じます。これについてはまたこの先で、脳科学的な見立てを交えながらひもといていきます。

返報性の原理は現代では人類全体に普遍的に通じる法則であると考えられていますが、かつて、文化人類学者のあいだでは互酬性は古代の社会、あるいは「未開の」社会に見られる性質だとみなされていたという経緯があります。『菊と刀』の日本語訳は、発刊当初はあまり日本では芳しい評判は得られなかったようですが、読者はひょっとしたら、そうした偏った目線を文中の随所に感じたのでしょうか。ただ、現在ではどちらかと言えば、文化の一方を未開などと評じる見方こそが、やや古臭い感を与えてしまうものではあると申し添えておきます。

これから、日本の心性について、脳科学を中心とした科学的なエビデンスをもとに論じていきます。

日本は大変面白い、特色豊かな国であります。ただ、異なる文化のどちらが新しいか、進んでいるのか、あるいは優れているのか、そんなことを議論するのにはあまり意味がありません。少なくとも現実社会に生きているわれわれにとって重要なのは、違いを知ることによって自分の良きところを理解し、またそれを活かし、他者の良きところを学び、それを未来に資することではないでしょうか。

◇後編「脳科学者・中野信子が語る「AIと人間」”10年後になくなる職業予測が当たらなかった理由」ではさらに日本の空気について詳しくお届けします。

【後編】脳科学者・中野信子が語る「AIと人間」10年後になくなる職業予測が当たらなかった理由