「もやしは栄養がない」はウソ…日露戦争の勝敗を分けた”大豆の食べ方”の決定的な違い
「安くて、栄養がない……」。もやしという野菜には、そんなイメージがつきまとう。しかし、それは本当なのだろうか。著書『自然はすごい いつもの道が美しく見える5つの視点』を上梓した、ネイチャーガイドで自然観察家のノダカズキ氏が、この「地味な野菜」に秘められた真の実力に迫る。
「もやし」という植物は存在しない
「もやし」って、ちょっと不思議な存在だと思いませんか? 白くて細長いその姿。シャキッとした食感に、驚くほど安い価格。でも実は、もやしは単なる野菜ではありません。植物の「芽生えの形」をそのまま体現しています。
まず知っておきたいのは、「もやし」が植物の名前ではないということです。
語源は「萌やす(もやす)」という動詞から来ています。つまり、「種を芽吹かせたもの」という意味で、特定の植物を指す言葉ではないのです。
極端に言えば、どんな植物の種でも発芽させれば、それは「もやし」になります。そこに選ばれし者たち、それが市販されているもやしです。
最もポピュラーなのは、緑豆や大豆などの豆類を発芽させたもの。中でも一番よく見かけるのが、緑豆もやしです。
ちなみに、私も最近ちょっとした実験気分で、4種類の豆から自家製もやしを作ってみました。地下室に豆を並べ、水をかけ、光を遮る。簡単そうに見えて、結構手間がかかります。これで40円は安すぎるなと思いました。
実は、もやしはかつて高級品だった時代があります。それは江戸時代のことです。冬に新鮮な野菜を手に入れるのが難しかった時代、水と暗闇だけで育つもやしは、シャキシャキとした貴重な野菜として重宝されていました。
現代では「地に落ちた高級品」と言ってもいいかもしれません。時代が変われば、価値もまた変わるのです。
もやしの形は「自分を守る形」
さて、そんなもやしですが、よく見るとちょっと変わった形をしています。
もやしの姿を頭の中でイメージしてみましょう。もやしは葉は出ず、白く長い茎だけが、ひょろっと伸びています。そして先端は、まるでおじぎをするようにクイッと曲がっていますよね。
この姿勢、実はとても合理的なのです。もやしは暗闇の中でひたすら上へ、上へと伸びようとします。まだ土の中にいると思い込んだまま、ひたすら上昇しようとします。とはいえ、先端が無防備なまま地面にぶつかったら芽が傷ついてしまいます。
だからこそ、もやしは先端を丸めて、自らの芽を守りながら成長します。あの独特のおじぎ姿勢は、もやしの生存戦略です。この話、人間の行動にも重ねてみたくなります。
たとえば満員電車の中。頭を下げ、体を丸め、ぶつからないようにそろそろと進むあの感じ。人と衝突する衝撃を回避するための姿勢です。
もやしは、暗闇の中でも、傷つかないように自分の身体を丸めて進みます。土の中という見えない世界で、どうすれば安全に地上に出られるか。それを考え抜いた進化の結晶が、あのフォルムなのです。
そう考えると、もやしはただの発芽野菜ではありません。「生命の合理性」を体現した、動く彫刻のように見えてきます。
春先、草むらや花壇をのぞいてみてください。芽吹いたばかりの植物たちは、みんな頭を垂れ、体を守るような姿で顔を出しています。あれもまた、もやしと同じ。生まれたばかりの命が、自分の身の守り方を選んでいるのです。
たった数センチの茎に込められた知恵と美しさ。その一筋の線に、生命の物語が宿っています。そんなことを思いながらもやしを炒めてみると、いつもの料理の時間が楽しくなるのではないでしょうか。
もやしが日露戦争の命運を分けた?
「諸葛亮孔明が、行軍中にもやしを育てていた」
そんな話を耳にしたことはあるでしょうか。あの三国志の名軍師・諸葛亮が、もやしを、兵たちの携帯食として活用していたというのです。節約料理の定番「もやし」が、まさか戦場で。
なんだか地味で頼りなさそうな印象を持たれがちですが、この話には、戦略と栄養が交差する意外な知恵が隠されています。
実際、もやしはただの副菜ではありません。もやしにする豆の状態であれば軽くて、かさばらず保存がきいて栄養満点。豆からもやしにしたければ、水とちょっとした暗所さえあれば、どこでも育てることができます。
これは兵站(=補給ライン)を考えるうえでは、かなりのアドバンテージです。そしてこの知恵は、時代を超えて引き継がれました。
日露戦争では、ロシア軍も日本軍も同じ「大豆」を軍事物資として使用していました。しかし、その活用法においては、東アジアでの5000年の大豆利用の歴史を持つ日本軍に、ロシア軍は太刀打ちできませんでした。大豆の利用方法こそが日露戦争の戦局を分けたという一面もあったのです。
1905年、戦争が終結すると、ロシア側の敗因分析が行われました。その中で指摘されたのが、長期の籠城による栄養不足です。特に、壊血病や夜盲症といった栄養失調由来の病気が大量に発生し、戦意の喪失につながったと報告されています。
壊血病はビタミンCの不足、夜盲症はビタミンAの欠乏によって引き起こされます。つまり、野菜の確保ができなかったことが、ロシア軍にとって致命的な弱点となったのです。
ところが、終戦直後に日本軍がロシア軍の倉庫を調査したところ、大量の大豆が積まれていたことが明らかになりました。しかし、ロシア兵たちはそれを煮たり炒めたりするだけで、発芽させて「もやし」として食べるという方法を知らなかった。
一方、日本軍は、冬の寒さの中でも大豆を発芽させ、もやしとして活用し、貴重なビタミン源を確保していました。これは、古くから日本が行ってきた知恵そのものです。
「もやしは栄養がない」はウソ
もやしとは、言ってみれば「発芽途中の種」です。
発芽とは、種が眠りから覚めて、自力で成長を始めるプロセスのこと。このとき、豆の中に蓄えられていたタンパク質やデンプン、脂質が分解され、エネルギーとして活用されはじめます。芽生えの過程で、新たにビタミンや酵素が生成されます。
つまり、もやしは「自分で自分の栄養を調理してくれる野菜」とも言えるわけです。
満州の極寒の地で、ロシア兵たちが大豆の山を前にビタミン不足で苦しんでいたことを想像すると、歴史の皮肉です。
そしてこの戦争の結末を見つめていたのが、ヨーロッパの各国です。元々大豆は東アジアでしか食べられていない豆でしたが、日露戦争の後、大豆は単なる「東洋の豆」ではなく、重要な戦略食料として西洋の軍事研究者や栄養学者の注目を集めるようになりました。
ここから大豆はアジアの枠を超えて、世界に広がっていきました。
もやしは、たしかに地味です。けれど、ただの脇役ではありません。それは、生き残るための戦略を体現した植物のかたちであり、時に、戦争の流れすら変えてしまう──静かな実力者なのです。
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