【村木 厚子】「死なないと出られないんです」拘置所の医師が放った戦慄の一言…拘置所の医療水準の悲惨な実態

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約1分の勾留質問で164日間勾留、検事の作文で作られる供述調書、証拠改竄や捏造……。

おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(村木厚子 著)では、冤罪に巻き込まれた著者がみた驚愕の刑事司法の実態が明かされています。

本記事では、〈自力で歩けず証拠隠滅もできないのに「被告人」のまま亡くなった…日本の「人質司法」が奪った72歳の命〉に引き続き、拘置所医療水準などについて詳しく見ていきます。

(※本記事は村木厚子『おどろきの刑事司法』より抜粋・編集したものです)

拘置所医療水準

東京五輪汚職事件で贈賄罪に問われ、東京地検特捜部に逮捕・起訴された出版社KADOKAWAの角川歴彦会長(2026年1月、懲役2年6ヵ月・執行猶予4年の有罪判決。角川さんは控訴)は、任意取調べの際も、逮捕後も、取調べ検事に事実を理解してもらいたいとの思いから黙秘をせず、むしろ積極的に話をしました。結果的に、“検察官ストーリー”と合致しない供述のため、2022年9月から23年4月にかけて226日間も東京拘置所に勾留されました。

当時の角川さんは79歳で、不整脈の持病を抱えていました。拘置所の中で3度も人事不省に陥りましたが、医師は対症療法に終始したため、勾留執行停止決定を取り、主治医のいる大学病院に検査入院しました。拘置所内で激しい腰痛にも襲われ、医務室でX線撮影をしたものの、医師は鎮痛薬を処方しただけでした。保釈後、再度検査したところ、骨粗鬆症から腰椎を骨折していたことがわかりました。つまり、拘置所の医師は骨折を発見できなかったわけです。

角川さんは、拘置所内に蔓延した新型コロナウイルスにも感染しました。2度目の検査入院の際、その後遺症で肺炎になり高熱を発し、入院中に保釈請求しましたが、裁判所が「勾留執行停止中の保釈申請はできない」としたため、やむなく請求を取り下げました。そして、拘置所に再収容された角川さんは、拘置所の医師から、こう言われたのです。

「あなたは生きている間にはここから出られませんよ。死なないと出られないんです」

5回目の保釈請求がようやく認められて拘置所を出る時には、体重が15kgも減って自力で立ち上がることさえ難しく、車椅子に乗せられていました。

拘置所の中では一般水準の医療を受けることが困難だ、という批判は以前からあります。龍谷大学名誉教授の赤池一将さん(刑事法学)は、「刑事施設の医師は外部の監督を受けていない。独立した第三者によるチェック制度が必要だ」と指摘しています。

「マンデラ・ルール」(20年以上投獄された南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の名にちなむ国連の被拘禁者処遇最低基準規則)では、被拘禁者に対する医療の提供は国家の責任であり、地域社会と同水準のヘルスケアが不可欠で、法的地位に基づく差別を受けない、とされています。

一方、日本では、先に述べた相嶋静夫さんのご遺族が、拘置所で適切な医療を受けられなかったなどとして起こした国賠訴訟で、国側は「必ずしも(被拘禁者の)希望どおりの医療行為がなされるものではない」などと反論しました。結局、裁判所は1審、2審とも「拘置所側の対応は医学的に合理性があった」と判断し、遺族側は上告を断念しています。

英国やフランスでは、刑事施設とは別の官庁(厚生省や保健省)に監督権限を移管した結果、刑事施設の医療の質が向上したといいます。

海外の良い事例は積極的に取り入れればいいと思うのですが、日本の法務省・検察庁、警察は、そういう意見が出ると必ず、「日本の刑事手続は欧米とは違う」と反論し、他国に学ぼうという姿勢はまったくありません。

角川歴彦さんが起こした「人質司法違憲訴訟」

2024年6月27日、角川歴彦さんは、「無罪を主張したことで長期間身柄を拘束される『人質司法』により、身体的、精神的苦痛を受けた」として、国に対して2億2000万円の賠償を求めて東京地裁に提訴しました。刑事事件での無罪を訴えるためではなく、賠償金が欲しいわけでもなく、「人質司法」について問題提起し、国に対して、法の運用自体がおかしいことを認めさせて対応を求めるための訴訟です。

「角川人質司法違憲訴訟」の口頭弁論では、弁護団が、被告人の権利としての保釈が実際には認められていないこと、国民の生命財産を守る以上、身体拘束はあくまでも例外的でなければならないのが原則なのに、日本は原則と例外が逆転して身体拘束が原則になってしまっていることなどを指摘。また、国際人権規約についても言及しました。

国際人権規約は、1966年に国連総会が採択した人権に関する規約で、社会権規約と自由権規約、選択議定書からなり、日本政府は1979年にその大部分を批准しました。国際人権規約は国家間の条約と同等な拘束力を持ち、日本国憲法でも「誠実に遵守する」ことが必要とされています(第98条第2項)。

国際人権規約の自由権規約第9条第3項は、「裁判に付される者の抑留は、原則ではなく例外でなければならない」(刑事手続における身体不拘束原則)旨を規定しています。これは、被告人の抑留は、逃亡、証拠の工作または再犯を防止する目的に照らして、すべての諸事情を考慮して合理性と必要性があるという個別的な判断に基づくものでなければならない、ということです。しかし、日本の「人質司法」は、被告人の公判前の抑留が慣行のように行われており、自由権規約に明らかに反しています。

この問題は長年にわたり国連の自由権規約委員会から批判され、改善策を何度も勧告されてきましたが、日本の裁判官や、検察官を始めとする捜査機関は、これを無視し続けています。この事実を踏まえて、角川弁護団の海渡雄一弁護士は、被告人を抑留する制度について、「日本は国際人権規約を守った運用に改めなければいけない」と述べました。

口頭弁論のあとの報告会では、弁護団の西愛礼弁護士が、「人質司法」がなくならない理由の一つとして、「大多数の国民が、刑事事件は自分とは関わり合いのないことだと思ってきたことが大きい」と指摘しました。その結果、裁判官と捜査機関に対するチェックが働かないまま今に至ってしまった、ということです。

しかし、最近では、さまざまな冤罪事件で「人質司法」が社会問題になり、多くの人が「おかしいんじゃないか」と疑問を持ち始めています。これを機に、どうか皆さんも、「もしも自分が冤罪に巻き込まれて、長期勾留されてしまったら」と、考えてみてください。

我が身に置き換えて「人質司法」を考える

逮捕によって、それまでの暮らしは一変します。長期勾留になれば、家庭は崩壊してしまうかもしれない。健康状態が極度に悪化してしまう人もいます。

育児や家族の介護をしている人は、それができなくなり、日常生活の破綻、経済的負担の増大、家族関係の悪化などの不安が日に日に大きくなります。仕事にも支障をきたし、長期休職せざるを得なくなって収入が途絶え、失職を余儀なくされる人もいます。築き上げてきたキャリアや信用を失い、再就職も難しくなるかもしれない。検察官は巧みにそうした不安を突き、「家族がどうなってもいいのか」「職場に迷惑をかけるつもりか」などと責め立てます。

その結果、やってもいない罪を認めてしまうことになる。それほど、勾留というのは恐ろしいものです。私も含めて、「勾留なんか怖くない」と言える人は、まずいないでしょう。

「人質司法」に屈して無実の罪で有罪になった人がどれぐらいいるか、見当もつきませんが、少なくとも、自らの無実を主張して無罪判決を得た人よりはるかに多いことは間違いありません。

しかも、判決が確定するまでには長い時間がかかります。事実を争って長く闘えるのは、健康で、仕事や収入の心配がなく、家族に不安のない人だけです。その意味で、「長く闘える人は恵まれている」と言えるかもしれませんが、裁判が続いていること自体が精神的に大きな重圧となり、生活全般に大きな影を落とすため、心の平安は得られません。

今、この時も、さまざまな不安に苛まれながら勾留に耐えている人、裁判を闘っている人が大勢います。そうした方々をあなた自身に置き換えて、日本の刑事司法について考えてみていただきたいのです。

さらに〈誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」〉では、村木氏が逮捕された経緯を詳しくみていきます。

●特に言及のない限り、登場人物の所属・肩書、法律や制度の名称・内容は、すべて当時のものである

【つづきを読む】誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」