オスナが緊急登板した神宮球場

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 野手が1軍公式戦のマウンドに上がる――。そんな珍しい光景が、5月に入って相次いだ。5月1日のDeNA対ヤクルト戦では、DeNAの内野手・柴田竜拓が大差をつけられた終盤に緊急登板。さらに同12日のヤクルト対阪神戦では、ヤクルトの内野手・オスナがマウンドに上がり、ファンの間では「ナイスピッチ」「マジでおもしろい」などの反応が広がった。【久保田龍雄/ライター】

【写真】オスナ登板の翌日、ヤクルト戦を戦う阪神ナインの面々

リリーフ投手を無駄遣いしたくない

 本職が野手でありながら1軍公式戦で登板した選手は、過去にも存在している。

 野手の投手起用は、10点前後の大差をつけられ、逆転が絶望的となった試合で、「リリーフ投手を無駄遣いしたくない」という台所事情や、ファンサービスの意味合いから時々見られる。MLBでは日本以上に盛んで、2015年にマーリンズ外野手時代のイチロー、17年にアストロズ時代の青木宣親が登板したこともある。

オスナが緊急登板した神宮球場

 野手の投手起用といえば、1996年のオールスターで、全パ・仰木彬監督が打者・松井秀喜の場面で“投手・イチロー”を起用した際、全セ・野村克也監督が「格式の高いイベントを冒涜する行為」として投手の高津臣吾を代打に送った話を思い出すファンも多いはずだ。

 その一方で、野村監督は野手の投手起用に意外と積極的で、阪神時代の1999年に新庄剛志をオープン戦で登板させたばかりでなく、南海プレーイングマネージャー時代の1970年10月14日の阪急戦では、1対7の6回から外野手の広瀬叔功をリリーフ起用している。

 投手として入団した広瀬は、1年目に肩を痛めて野手に転向。2軍戦で投げた経験もなく、これがプロ16年目の初登板だった。「西さん(三塁コーチャーズボックスの阪急・西本幸雄監督)が恨めしそうな顔をするなど、もうドッキン、ドッキン」と緊張しながらも、7回1死満塁のピンチで後続2人をピシャリと抑えるなど、2回を無失点に封じる好投を見せた。

 仕掛け人の野村監督は「点差が開いてしまったし、次のピッチャーもまだできあがっていないし、お客さんも面白うないだろうからと思って。阪急さんには失礼なことをしたが、ワシはお客さん本意に考えた」と説明した。

史上2人目の全ポジション制覇を実現

 同じくファンサービス目的から1試合で投手を含む全ポジションを守ったのが、日本ハムの捕手・高橋博士だ。

 1974年9月29日の南海戦、本拠地・後楽園での最終戦を画期的な趣向で盛り上げようと考えた中西太監督は、高橋が同年、投手と外野の両翼を除く6ポジションを守ったことに目をつけ、イニングごとにポジションを変えるファンサービスを実行に移した。

 当初は投手を除く8ポジションの予定だった。大リーグで過去2人が投手を含む全ポジションを守った例があったことから、急きょ「投手も」という話になった。

 1回のファーストに始まり、8回までに8つのポジションを守った高橋は9回、プロ11年目の初マウンドへ。そして、先頭の投手・野崎恒男をカウント2-1からセンターへの大飛球に打ち取り、見事NPB史上初の1試合1人9ポジションの珍記録を達成した。

 もっとも、本人は「やっぱりピッチャーはダメだな。最初ボールになったときは、どうなることかと焦った。ピッチャーにあそこまで持っていかれちゃあね。もうこんなことたくさんです」と疲れきった表情だった。

 その後、オリックス時代の五十嵐章人が2000年6月3日の近鉄戦で3対16の8回にリリーフ登板。オールラウンドプレーヤーの五十嵐は、この時点で投手を除く8ポジションを経験しており、高橋以来、史上2人目の全ポジション制覇を実現した。

 前出の南海・広瀬と同じプロ16年目で初登板を記録したのが、クラウンの外野手・長谷川一夫だ。

 1978年7月11日の日本ハム戦、5対5の9回裏、2死一、三塁のピンチで左打者のロックレアに対し、根本陸夫監督は、左投げの長谷川をワンポイントに送る奇策を用いた。

 結果は、いきなり初球を中前に痛打され、たった1球でサヨナラ負けだった。

ワンサイドゲームのお楽しみ

 クラウンの後身・西武も、東尾修監督時代の1995年5月9日のオリックス戦で、ファンサービスを兼ねて内野手のデストラーデを登板させている。

 当時のデストラーデは、4月下旬に夫人が離婚を前提に2人の子供を連れて帰国したことから、家族問題解決のために退団帰国を決意していた。「引退する前に一度でいいから、公式戦のマウンドに上がってみたい」との夢を果たすため、0対9のワンサイドになると、「僕に投げさせてほしい」と首脳陣に直訴してマウンドに上がった。

 0対9の8回2死、「石井貴に代わりまして、ピッチャー・デストラーデ」の場内アナウンスが流れると、スタンドのファンはもとより、ネット裏の記者席からも思わず「ウソッ!」と驚きの声が上がった。

 「2死無走者で1人だったら大丈夫」(東尾監督)との目算は外れ、先頭の高田誠に右中間三塁打を浴びる。さらにニール、藤井康雄に連続四球で、たちまち満塁のピンチに。結局、1死も取れずに降板となった。

 近年では、巨人の内野手・増田大輝が2020年8月6日の阪神戦で、11点ビハインドの8回にリリーフ。原辰徳監督は2023年9月2日のDeNA戦で、8点ビハインドの8回に内野手の北村拓己をリリーフに送るなど、結果の見えた試合の終盤に野手を登板させることで、中継ぎ投手を休ませる奇策を用いた。

 北村はヤクルト移籍後の2025年9月12日のDeNA戦でも、8点ビハインドの9回に2度目の登板を果たしている。

 野手の緊急登板は、ワンサイドゲームに退屈したファンにとっては格好のお楽しみだ。ただ、本職の投手ではないだけに、くれぐれも死球にはご注意を。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部