Shinichi EKKO

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2026年4月16日から19日にかけて開催された「第1回アナンタラ・コンコルソ・ローマ」は、この都市にとって実に60年以上ぶりとなる本格的な自動車コンクール・デレガンスであった。2025年に予定されていた当初の開催は、教皇フランシスコの逝去により延期を余儀なくされたが、一年を経てついに結実したその光景は、待たされた時間を補って余りあるほどに濃密なものであった。

【画像】究極のコンコルソが実現!初開催のアナンタラ・コンコルソ・ローマに集った珠玉の名車たち(写真31点)

そして、今回のコンコルソが何より特別なのは、それがイタリア車のみに捧げられたイベントであるという点だ。主催者が掲げたテーマ「La Dolce Vita delle Automobili(自動車の甘い生活)」の通り、会場となったボルゲーゼ公園内のカジーナ・ヴァラディエ、そして拠点となったアナンタラ・パラッツォ・ナイアディ・ローマ・ホテルには、イタリアの自動車文化の粋を集めた70台以上の名車が集結した。

この壮大な夢を実現させたのは、自身も熱狂的なコレクターであるマイナー・インターナショナルの会長、ウィリアム・E・ハイネッケ氏である。彼は単なるビジネスの成功者としてイベントを開催するだけでなく、イベント初日に、ランボルギーニ・ポロストリコの協力を得て3年間の年月を費やしてレストレーションを完成させた、彼自身のミウラSVをアンヴェイルし、その喜びをエントラント達と分かち合ったのだ。

コンコルソ本番に先立ち、4月17日に行われたプレイベント「ジーロ・ディ・アナンタラ(Giro dAnantara)」もまた、ローマならではのドラマに満ちていた 。アナンタラ・ホテルを出発し、フラスカーティのヴィラ・アルドブランディーニを経由して戻るこのラリーでは、かつてのル・マン覇者であるフェラーリ250LMをはじめとするイタリアが生んだ珠玉の名車達が、現代の交通が激しく行き交うローマ市街を警察の先導で駆け抜けた。これには、世界各国でクラシックカー・イベントを取材する筆者にしても、思わず声をあげたくなるような瞬間であった。

そして日曜日に、栄えある第1回「ベスト・オブ・ショー」の栄冠を手にしたのは、ローレンス・オーリアナ氏が出品した1932年製マセラティV4スポーツ・ザガートであった。この車両は、マセラティの栄えあるレースヒストリーの起源となるティーポ26用エンジンを2基連結したV型16気筒という驚異的なパワートレインを搭載し、1929年にクレモナの未舗装路で時速246kmという世界記録を樹立した怪物である。ザガートの手による独特の2トーン・グリーンのボディを纏い、戦時中はオランダのコレクターが寝室にエンジンを隠して守り抜いたという数奇な歴史を持つこの名車が、かつて最初のオーナーであったローマの医師の手を離れてから94年の時を経て故郷に錦を飾ったという事実は、この個体が当コンコルソのベストインショーとなることを運命づけていたとも言える。

もちろん、他にも特筆すべき車両は枚挙にいとまがない。コラード・ロプレスト氏が出品した1949年アルファロメオ 6C 2500 SS ベルリネッタ・ピニン・ファリーナは、その圧倒的な優雅さでクラス優勝を飾った 。また、かつて映画「ミニミニ大作戦(The Italian Job)」の冒頭シーンを飾ったオレンジ色の1968年ランボルギーニ・ミウラや、ジェームズ・ディーンがハンドルを握った写真が残るポルフィリオ・ルビロサ旧蔵の1954年製フェラーリ 500モンディアル、ジャンニ・アニエッリ愛用の1986年フェラーリ・テスタロッサ・スパイダーなど、それぞれの車両が持つバックグラウンドは実に華やかだ。

カロッツェリアの伝統を祝うという意味でも、このコンコルソは極めて興味深かった。エンツォ・フェラーリの友人であったロバート・ウィルキーのために作られた最後の375 MM クーペ・スペチアーレ・ギアは、そのオレンジとグレーの2トーンという大胆なカラーリングを持つユニークなスタイリングを特徴とし、会長特別賞を受賞した。また、マセラティのヒット作である3500GTヴィニヤーレスパイダーが4台ノミネートされ、そのコーチビルドを手掛けたヴィニヤーレによる希少な「プロトティーポ」も厳密なレストレーションの元に完成し、その美しい姿が披露された。