『孤独のグルメ』原作者・久住昌之さんと元dancyu編集長・植野広生がはしご酒!新小岩と浅草の名店で「楽しいもの」を堪能

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元dancyu編集長・植野広生がゲストを迎え、食の魅力を深く味わう番組『植野食堂』。

今回のゲストは2回目の登場となる『孤独のグルメ』原作者・久住昌之さん。リクエストは「楽しいものを食べながらはしご酒」。「グルメじゃないんだよね、楽しいのがいいの」と久住さん。

訪れたのは新小岩の昭和の香り漂う食堂「食事処 島村」、歌舞伎役者も通う浅草の名店「魚処 もがみや」。89歳の女将と娘が守る温かなもてなしや、粋な店主夫妻の人柄に触れたりする中で、久住さんから名作誕生の裏話などを聞き出す。

昭和の香り漂う食堂で昼飲み

まずやってきたのは新小岩駅。静かな住宅街の中に溶け込んでいるのが「食事処 島村」。駅から徒歩20分、1987年開店だ。

以前、番組でこの店を訪れた植野さんは「久住さんが好きそう」と思ったと話す。年季の入った店構えも久住さん好みのようで、それだけでお酒が進みそうだ。

店を始めたのは、島村秀男さんと八重子さん夫婦。秀男さんが他界してからは、八重子さんが夫の意志を継ぎ、89歳とは思えない現役ぶりで腕を振るっている。

そんな母を助けるべく、サービスを担当しているのが娘の石渡喜久江さん。親子2人で店を守ってきた。

40年間ほとんど値上げせずにやってきた「島村」。白米とおかずたっぷりの定食や酒の肴も豊富で、昼時からお酒を飲むお客さんも少なくないそう。下町の温かさに包まれる人気の食堂だ。

『孤独のグルメ』にも通ずる久住作品の世界観

店内を眺めた久住さんは「もう最高です。このメニューだけでいい、素晴らしい」と満足そうに微笑む。

壁にずらりと貼り付けられたメニューを見て、1時間くらいかかりそうと悩む久住さんは「とりえずビールを頼んで、そこからが長いよ。メニュー決めるまでが」と笑う。

ここでの注文はカウンターまで出向く方式。まずは、ビール、そら豆と庭で自生するふきを使ったきんぴらを注文。

ふきのきんぴらを一口食べた久住さんは「家の味。子供の頃苦手だけどだんだん好きになる味」と味わう。ふたたびメニューを眺めた久住さんは「煮込み」と「煮込み豆腐」が同じ値段であることが気になるようで、「どういう配分なのか考えるのが楽しい」と想像を膨らませる。

実はこのメニュー、植野さんが以前教えてもらった人気メニューの「煮込み」。その煮込みに豆腐を入れたのが「煮込み豆腐」。豆腐を入れた分、「もつの量が少なくなっているに違いない」という理由から、同じ値段にしているという。このアイデアは初代店主・秀男さん。

ちなみに、メニューの「とんかつ」が「とん勝」と書かれているのも、勝負事が好きだった秀男さんによるものだという。

続けて、「コロッケもいいんだよな…」と注文。久住さんは「コロッケに弱いかもしれない。肉屋で1個買って歩きながらというのもよくやる」と話す。

自家製のコロッケを待つ間に、久住さんが漫画で描く独特の世界観について質問。

読者として植野さんが大いに感銘を受けたのが『かっこいいスキヤキ』。デビュー作となった「夜行」という作品は、夜行列車の中で男が幕の内弁当を食べる“だけ”のストーリー。食べる順番やご飯とおかずのペース配分など、久住ワールド全開の独自の目線で食を語る作品だ。

「あれは凄い世界だなと思ったんです。“分かる、分かる…”っていう世界をちょっとだけデフォルメしているのが本当に凄い。微妙にリアリティー入っているのがぐ〜っと入っちゃう」(植野さん)

「そこは(作画担当の)泉さんの画にかかっている。画の力ってすごいのはリアリティーを出せる。(『孤独のグルメ』作画担当の)谷口さんだって、凄いきれいな画で書いてくれてるけど、書き込み過ぎだろって気もする、あれが面白いんだよ」(久住さん)

下町らしい、いなせな夫婦の海鮮居酒屋

2店目は台東区・浅草。浅草駅から徒歩10分、1986年開店で、海鮮料理が自慢の居酒屋「魚処 もがみや」。

カウンターとテーブル合わせて16席。壁には歌舞伎のポスターがズラリと並んでいるように、十八代・中村勘三郎さんが生前ひいきにしていた店で、今も中村屋のみなさんが足繁く通っているという。

営むのは、寿司職人出身で浅草生まれの店主・小田徳二さんと女将の綾さん。下町らしい「いなせ」な夫婦だ。

旬の素材を使い、その美味しさを極限まで引き出したメニューの数々は、訪れるたびに新しい発見がある。この店でも以前、「あじのガリ巻き」を学んだ植野さん。2人の温かい人柄と、確かな腕が光る絶品料理に惹かれ、夜な夜な常連客が集う。

約100種類あるメニューの中から植野さんが選んだのが、「こはだのガリ巻き」。「こはだの、歯が心地よくなるような食感がもう…」と絶賛する植野さん。2品目は「春キャベツと桜エビの炒め」。一口食べた久住さんは「そういうことか、春雨が美味い」と納得し、植野さんも「桜えびの香ばしさと甘みが春雨に移っている」と感動していた。

『孤独のグルメ』始まりは外圧?

誕生から32年、ドラマ開始からも14年と今や国民的人気を誇る『孤独のグルメ』は、いかにして生まれたのか。

そのきっかけを久住さんは「外圧ですね」ときっぱり。

「80年代のグルメ漫画ブームがあって、編集者に『モテるグルメ漫画は嫌だ。久住さんの作品はモテないグルメ。俺たちが求めているのはそういうものだ!』と言われて…」と当時を振り返る。

うなずく植野さんは「編集者は思い込みが絶対に大切なので、『絶対にこっちだ』と思って突き進まないと面白いものはできない」と気持ちを代弁した。

ドラマ版の始まりについて、久住さんは「テレビも、ドラマのプロデューサーが『絶対にドラマにしたら面白い!』って異様に思っていて。2年かけて制作会社の社長が折れて(プロデューサーに)『やってみろよ!』って。そういう状態で始まった」と語る。

「この現場の3分の1くらいのスタッフで、みんな死にそうな目で作っていた。(主演の)松重(豊)さんも現場を手伝っていて、プロデューサーが車止めをしていたり。松重さんも『なんて現場に来ちゃったんだ』と思ったはず、でもみんなが楽しそうだった」と思い出深く語った。

気づけば11シリーズ、劇場版公開など大ヒットドラマに。

そんな話しをしながら、味わったのが枝豆のソースがおしゃれな「そら豆のコロッケ」。久住さんは「これは美味い!」とグーサイン。植野さんも「そら豆のいい人だけ集めた感じがします」と絶賛すると、「適当なこと言うなよ!」と大学の先輩である久住さんからの鋭いツッコミが。

2つの名店を楽しく巡った久住さんは「おやじギャグとかダジャレ言っているおじさんは平和。この番組が続いているのは平和だからだと思う」としみじみ語った。